聖女洗脳編8 聖女ソフィアと勇者ナヂム

 第一声。


「アリア!? こ、こいつ放し飼い!?」


 叫ばれた。クソ生意気な女に。

 驚愕の表情。汚いものを見る目。


 俺を指さすんじゃねえ。失礼なクソ女なんだな。もうひとりの聖女ソフィア。頭蓋の中の殺意を収束させて目から放つ、そんなつもりで睨みつけてやる。


「なんだチビ女。俺をイヌ扱いか? お前がガキじゃなかったら首をねてるとこだぞ。しつけのされてないガキンチョはさっさと帰ってママのおっぱいでも飲んで寝てろ」

「はあぁっ!? あたし、これでも、21なんだけどっ」

「だからなんだよ。魔力がすくねえな、アリアの半分かよ。こいつ本当に聖女か?」

「なっ!?」


 振り返ると笑顔のアリア。あっ。理解した。完全にキレてる。


「……勇者様、ソフィアとは、"仲良く"してください」

「……っ!」


 脳髄がドス黒く染まる。洗脳命令。

 あの強制力。

 ひさしぶりだが耐えられる。


 これまでの観察結果から、命令を強制するためには身体接触、強い意志を込める、もしくは魔力を込めることが必要っぽいが。


 そうか。

 命令を受け入れてダメージを受け流す。

 そう言われたら仕方がない。


 身も心も。骨の髄まで"仲良く"なれるよう、努力しようじゃないか。生意気なこの女の味を想い浮かべる。唇の端を舌で舐めつつ観察する。


 魔力はアリアより弱い。が半分はウソだ。アリアの7割。それくらいとみた。


 ローズブロンド。薔薇の赤混じりの金髪。ツインテール的な感じに結ってる。編み込みもあってよくわからん。

 背丈は150。よく見ると靴の底が厚い。145くらいか。俺の肘から指先までがたしか40だから……。


「な、なんなのこいつ? アリアもこんな狂犬をよく放し飼いにしてるね。あたしみたいに鎖が要るっしょ」


ジャラン


「……………………」


 デカい。こいつ。2メートルはあるな。


 浅黒い肌の大男が幽鬼のように突っ立っている。こよ屋敷の応接の間に来てから身じろぎひとつしない。


 そして、首輪。繋がれた鎖の先にはソフィアの手。鎖は強い魔力を帯びているな、俺の流星剣に近いものを感じる。


 見上げる。顔はアラブ系に近いだろうか。野生的で整った顔に虚無の表情が永遠に張りついている。


 デカいのにやや細身で、黒の長髪が乱れたままにしてある。顔や服には汗のかわいた跡。激しい運動のあとらしい。全体的に黒い豹みたいな印象だ。


「なるほど。ナヂムはたしかに飼われてる。これが勇者の本来の運用方法なのか」


「当たり前でしょ?」


ジャラン


 また鎖を鳴らす。俺を威嚇するように。

 鎖。魔力感知に集中すると、こまかな燐光をまとっているのが見える。もう宝剣とかの域に達してるんじゃないか? ぶん回すだけで蟻なら殺せそうだ。


「まさかアリア、その男に惚れちゃったの? こんな発情した野良犬に体を許したら、次の勇者が喚べなくなるじゃん。わかってるんでしょ?」


「……そうか。清い体でいなければならないっていうのは、そういうことか」


「あらっ? ご主人様にオアズケ食らってたのね、情けないワンちゃん。あらあらっ? シッポが萎えてまちゅよお」

「うるせえな」

「殺気が消えたね。図星でしょ?」

「……死ななきゃいいだけだろ」


 前にアリアが聖女は処女じゃないといけないと言っていた。勇者召喚のためだったのか。ヤッても魔力はあまり減らないみたいだしな。ショックはない。納得しただけだ。俺が死んだら当然、次の男をデリバリーするよな。


 異世界から勇者を喚んで、貴族の生娘を抱かせて魔力を持たせて、洗脳したまま魔族に特攻させる。ショックはない。聖女とは、それだけの仕事だった。


(……様。勇者様? 言い訳にしかなりませんが説明させてください)


(要らない。アリア、君を愛してるんだ)


 一瞬。アリアと目を合わせる。

 微笑。アリアにだけ優しいウソで、一番ほしい言葉をかけてやる。

 エミの手前、肩を抱いたりしないが。

 この演技はいつか活きる。……はずだ。


✳︎


 俺たちが街に入っても住人は反応しなかった。他の村と違う。全住人に全神経向けられる感覚。あれがない。


 旅のあいだ、俺の超魔力にさんざん過剰反応されていたから、やっっと肩の力が抜ける。俺も意外と気が立ってたのかー…。


 と、ひさしぶりにリラックスしかけていたところにこれだ。


 クソチビ。クソフィア。ナチュラルに俺たち勇者を見下している。アリアに対しても微妙だ。聖女どうしもそこまで仲がよくないらしい。エミには目もくれないし。この先どうなんだろ。すこし不安になる。


✳︎


 ウソをつくのは簡単だ。心から笑い、身を振り、手を振ればいい。


 いま思いついた顔で。素のリアクションをしろ。


 はじめて気づいたマヌケヅラで。何も知らずに間違えるんだ。


 童貞の純朴さで。乙女のように振る舞え。


 神の域に達した解像度で。記録して再生しろ。



 恋人は性嫌悪だった。俺はさほど経験がない。心に童貞の亡霊がまだいる。こじらすとなかなか消えてくれない。そんなシコリさえ演技に使う。



「んっ、んっ、ちゅぷっ。はぁ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅぶっ」


 アリアに与えられた私室。広いのは魔術工房を敷くからだ。たくさんの荷物もそのためだった。ここが魔王討伐のための拠点になる。


 従者に馬車から荷物をすべて運ばせて、ふたりきりになった瞬間、突進みたいに抱きつかれて、アリアに乗られて唇をちゅっちゅと吸われまくってる。床で。


(好きっ、好きっ、好きっ! ああっ、勇者さまぁ…っ!)


「んっ、んっ、れる。ちゅっ」


(エミはまだこないですから。もっと、してっ)


(ああっ!)


 かなりいい位置にアリアが乗っている。いつしか腰を押しつけていた。たがいの股間がぴったりと重なる。アリアがびくんと体を反らせてあえぐ。


(腰、ヤバいっ。とまらない)


 強く押しつけても、アリアは悦びの声を上げるだけだ。いやがるどころか、むしろ足を大きく開き、俺を受け入れようとする。大きな胸を揉みつぶしてもうっとりと目をとろけさせる。


(勇者さまっ。もっとください、舌、つば、のませてっ)


 アリアが吐く息が熱い。甘い唾液が泉のように湧いてくる。


 口を吸いながら腰を小刻みに動かすと、アリアの胸がぶるぶる揺れるのが着衣の上からでもわかる。アリアの体がすこしずつ揺れ出す。俺の動きに合わせて。


 衣擦れの音だけが静かな部屋に響く。俺とアリアが痙攣したのは同時だった。


✳︎


 強い魔力で脳が活性化してるのか。

 昔読んだ本なのに記憶が鮮明だ。


 カルト被害者の洗脳を解除してたマッドサイエンティストの洗脳理論。洗脳の原理と解除方法が書いてあったな。


 洗脳も、脱洗脳も、脳を騙す必要がある。


 自傷リスカや拷問。極限の体験。

 苦痛を与え、トラウマをえぐさらしてやる。


 催眠や薬物。奇跡の演出。

 トリップとトリックの神秘体験。価値観をシェイクしてロックする。


 修行や出家。感覚遮断。自由の制限。

 衣食住。奪う。家族。奪う。異性。奪う。


 そして忘我のうちにトリガーを埋め込む。

 忘我状態トランスが洗脳の鍵なんだ。


 繰り返し。


 繰り返し。繰り返し。


 繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し、繰り返して、繰り返す。


 繰り返すことで忘我状態トランスが深まる。目指すはトリガーを自分で踏ませるループ。すると毎日自己洗脳。心がトリガーの地雷原になる。これで理想的の豚が完成する。


 いまも俺には洗脳魔法による報酬と罰のトリガーを設定されている。極上の快楽と死の苦痛。ピンクと黒の脳内麻薬が後頭部から背骨を流れてくるんだ。気持ちがいい。ああっ、アリアぁ。


 この、快楽、には、逆らえない。普通なら。くそっ。俺は勇者だぞ。普通であってたまるかッ!


 思考を、制御しろ。強い、意志で。


 トリガーが地雷化しないか。

 心の動きに不審はないか。

 慎重にならなければならない。

 麻薬に流されるな。


 自由を制限され、元の世界と切り離された。ただでも洗脳されやすい状態なんだ。脳内麻薬に流されたら俺は終わる。


 奴の笑い声が聞こえた気がした。


✳︎


 アリアが俺の上にのったまま動かない。すうすうと寝ている。旅の疲れか。


 あまり多くないチャンスなんだが、まだ洗脳には手は出せない。洗脳魔法は魔力差がなければ効果が薄いからだ。


 試しに魔力をパスから吸ってみるが上限設定にひっかかる。これじゃ魔力を吸い尽くすのに半日かかるぞ?


 意識があれば魔力の吸い合いになり、当然負ける。吸収上限は向こうが上だからな。


 勇者ナヂムのようにアリアを常時洗脳状態にするためには、魔力のパスの解明と強化が課題だった。


「おーい。アリアおきろー」


 そろそろアリアを揺すって起こしてやる。

 狼の飼育絡みで打ち合わせをしているエミがそろそろ部屋に来てもおかしくない。


「はぁ……。明日はいよいよ魔族攻略戦か……」


 俺の前途は多難だ。


 アリアの洗脳。

 生意気なソフィア。

 不気味なナヂム。

 近づくエミとのお別れ。


 そして、強力な魔族。


 どいつもこいつもやっかいすぎる。

 それでも。どんなやつを前にしても。俺は。


 斬る。斬りひらく。

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