聖女洗脳編6 秘密の会話
今夜のうちに魔力のパスを強化しよう。ふたりで話しあってそう決めた。アリアがやたらと乗り気だったが無理もない。魔力をいつでも奪えるようになるんだからな、気がはやるのもわかるぜ。
アリアを完全に信頼させて、魔力を奪って洗脳する。聖女洗脳計画はいまのところ順調だ。代わりに与える
アリアの部屋でアリアの右腕メイド、ユーノが馬車から必要なものを取ってくるのを黙って待ってる。今夜はエミが隣りの部屋じゃないが、あんまり放っておくとすねるんだよな。無駄な時間は掛けられない。
早く来ねえかな。つうかあの女、あいかわらず俺を見る目が冷たいんだよな。
理由はあれか。勇者召喚のために奴を殺された逆恨み。俺のせいじゃないんだけど。全部の真相は知らないだろうが同じ屋敷内で起きたことだ。断片情報から変に曲がって伝わってるのかもしれない。
それか、魂が同化した奴本人に対する恨み。奴はアリアをレイプしかけたしな。浮気されたわけだ。拷問されて他のメイドに手を出していたのも自白してる。こっちも俺のせいじゃねえんだけど。
どっちでもいいけど、どうしようもなかった。関わらないのが一番いいや。
奴の記憶が流れ込んできたせいで、ユーノがどんな顔であえぐのかまで見てしまった。プライバシーの聖域は侵すべきじゃない。忘れてやろうか。
あの女を洗脳のテストに使うことも考えたが、微妙に魔力が強いし抵抗されると面倒なんだよな。ふたりきりになるのもむずかしい。あと廃人になっても困る。
それでも何かの役に立つかもしれない。奴の話し方、口癖、ちょっとした仕草を、流れ込んだ記憶をもとに、1日5分くらいは練習していこうかな。
コンコン
「お待たせしました」
「ありがとう」
部屋に入る仕草が礼儀正しいユーノ。まだ練習はしてないが、試しに奴のニュアンスを混ぜた笑みを浮かべてやると、鉄面皮のユーノの細目がいつもより大きく開いたのを俺は見過ごさなかった。
これが何の役に立つかわからない。でも、もしかしたら
「勇者様?」
「……なんでもない。はやく始めようぜ」
「ええ。旅先ですので、魔術工房を敷いていません。効果はさほど変わりませんので、契約魔術は簡易なものにします」
「時間がそんなにかからないのは助かるけど」
アリアの目配せだけでユーノは静かに部屋を出ていく。アリアがテーブルに深紫色の液体や長いヒモなどを準備しているのを見て、ふと違和感。些細な引っかかり。原因。脳内を探る。
簡易な方法で同じ効果が得られるなら、俺とエミのパス作成にあれほど手間をかけたのはなぜだ?
あの時、パンツ見せられてIQ下がってたのかよ。ダサすぎる。思考を高速で回転させる。考えろ。
……あれか、アリアとパスを作成する心理的ハードルを下げるため、とかか?
俺はエミとのパスを断るはずがない。そのあとでアリアとの軽めのパスを提案すると俺は受け入れやすい心理状態だったのか。
これもフットインザドア、一度承諾すると次が断りづらくなるものだ。一貫性の原理。
なるほど。やるな。素直に認めよう。アリアを舐めてたら痛い目に遭いそうだ。気を引き締めなければ。
「こちらを」
互いの右手の薬指を太めのヒモで結ぶらしい。
「なんか不思議な手触りだな。このヒモ、何でできてるんだ?」
「髪です」
「えっ!?」
怖いわ。びっくりして手をはなしたら傷ついた顔になった。え、アリアの髪か!?
おっと。信頼しんらい。何食わぬ顔でまた手に取って褒めてみることにした。
「うんうん、サラサラしてる。ここまできれいなブロンドの髪はそうはない。この人は胸のあたりまでのばしていたのかな」
「腰近くまでありました。エミと同じくらいです」
同じ長さでも編むと短く見えるんだな。三つ編みでもそうだし考えたら当たり前だ。わざとらしくなってきたけどもう少し続けるか。
「俺の魔力が吸い付く。これは極上の品だな。同じ重さの金よりも価値があるよ」
「ふふっ。もうやめてください、はずかしい」
「えっ、アリアの髪なのか? 前は髪をのばしていたんだな」
「ええ、まあ。勇者様を召喚するすこし前までですが」
「へえ」
アリアの頭から腰までをながめて想像してみる。きっと物語の聖女そのものな雰囲気だっただろう。あまり戦闘には向かないが。
長い髪の維持は大変だ。寝返りでも踏みがちだからな。「いたっ!いたたっ!」ってよくエミが夜中にやっているし。魔力があっても苦労するみたいだし、ここは全力で褒めとこうか。
「見てみたかったな。すごい似合うだろうな」
表情から察する。正解だったらしい。
✳︎
アリアに右手の肘まで魔術文字やら魔法陣やらを描かれた。観察し記憶する。前のは記録してある。エミの時と異なる紋様だ。
アリアの紋様も、エミに描いたものと違う。たぶん。今回は右手の手首まで。記憶する。これを検証して解明すればアリアの魔力を奪えるようになるだろうか。
またクソ長い詠唱。同じ詠唱だ。
パスが強化されたのがわかる。ためしに魔力を吸おうとしてみると確かに流れてくる。双方向だ。一歩前進した。興奮。落ち着け。
「すごいな。これなら会話もできそうだ」
この国の言葉の文字に、弱く短く魔力を吸う・と、弱く長めにすう吸う-を使って、符牒を割り当てた。モールス信号だな。通常時は・と-だけで会話ができるようにする。
緊急時は、強く短く吸う●も使う。まず●1個で切り替える。要は『アリア!』『勇者様!』と呼ぶ緊急サインだな。例えばこんな感じだ。
● → アリア!or 勇者様!
●● → 魔族
●・ → 後ろ
●- → 前
・● → 右
-● → 左
あとはこれ。
●●●→ 逃げろ
なるべく使う機会がないといいな。
✳︎
符牒を身につけるには練習あるのみ。翌晩、アリアに日課の夜警を休ませて、俺はエミに疲れているとウソをついた。そして互いの部屋で手製の符牒表を見ながら会話することにした。
(勇者様、わかりますか?)
(アリア、ちゃんとわかるよ)
高魔力者ほど魔力感知が苦手だが、自分の魔力であればほんのわずかな流れでも感知することができる。魔力1以下の平民たちにも察知されるリスクはほとんどないらしい。当然、エミにはバレることはない。
(アリア、これでいつでも話せるな。嬉しいよ)
秘密の会話なんて最高のプレゼントだろ?
伝わってくる喜びようについ笑ってしまった。
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