聖女洗脳編3 赤毛の狼

 目から光を。口元から力を。声から意志を。


 奪い


 無くし


 消す


 洗脳する。アリアの無力な姿を想い浮かべるだけで脳が溶けた。ぞくぞくする。興奮がとまらない。


 奴との同化が深まっていく。それでも。この復讐。どろりと蜜の味。


 濁った感情が心に注がれていく。

 表面を流れて弱い部分を削る。

 だが。

 鉄の意志で痛みを無視。

 傷を繋げて道を描く。

 濁流を導き、怒涛へと育てる。


 そうして俺は完遂しなければならない。

 アリアの洗脳を。


 理由がある。エミを洗脳された。許せるわけがない。人質召喚だって絶対にさせるものか。すでに使命。至上命題だ。黒い正義が心を侵していくのを止められなかった。


 頭がクラクラする。あまりの怒りで血管が切れたか。


 落ち着け。防衛機制。防衛機制に、復讐は、ない。短絡すぎるからだ。まるでサル。サルの短慮。俺はサルじゃない。そうだ。準備が要る。理性を持て。


 落ち着くんだ。ユーモア。ユーモアが絶望的に不足してる。


 準備。連想。準備は60%で十分だとススキノの元キャバ嬢がテレビで言っていた。そしてススキノのキャバクラはおっぱいパブでキャバクラはニュークラブらしい。……わけがわからないよな。


 理性がもどる。融合前の俺も消えてはいない。やっと落ち着いてきた。


 準備。そう、準備だ。完璧な準備を目指さない。たしかにその通りだ。どうせ問題が起きる。できることをやろう。


 アリアがここに着くまでに。いつもの仮面ウソをかぶろう。


 信頼させ、魔力を奪い、心を操る。


 俺ならできるはずだ。


 頭を切り替えろ。

 ジジイに振り向き、さわやかに笑いかける。俺は笑顔が得意だ。


「そうだ、爺さん。これから女が来るんだ。口裏あわせてくれよ。銀貨100枚払うし、な?」


 ……エミなら払えるはずだ。


 

 ✳︎



 ジジイには最低限のことを頼んだ。狼から助けてもらったとか言わせる。別にバレてもいい。


 知られてマズい話はしていない。アリアへの怒りさえ悟られなければいいんだ。それは俺の話術でどうとでもなる。


 殺した狼の死体を集める。毛皮がすこしは金になるだろう。今後もエミに金をせびり続けるつもりだ。焼け石に水をかける程度の甲斐性を見せておく。


 顔と前足の毛だけが赤い狼。ジジイはカオアカ狼と呼んでいた。まんまか。俺に向かってきたモンスターは蟻以外ではじめてだった。


 俺の移動が速すぎたのか。狼どもの警戒距離を飛び越して戦闘距離に入ったんだろう。


 憐憫が沸きかけたが、どうせこいつらは魔力を見て弱い人間は襲うんだ。俺に殺されても恨むな。


 ガサガサ歩き回っていて偶然見つけてしまった。


 草むらの影。ふわふわの赤い毛玉ふたつ。狼の子。ほぼ子犬だ。うまれたばかりか?


 毛にかくれた目は見えているのか。俺に向かって遠吠えをする。


「ワンッ! ワオン!」

「アン! アオンッ!」


「……参ったな」


 可愛い。どうしよこれ。



✳︎



 馬車から降りて俺の前に立つアリアとエミ。完全に困惑している。


「どういうことか説明してください」


 両手に毛玉。足元に狼。後ろにジジイ。

 どういうことなんだろうね。

 俺だって説明してほしいよ。


 なんかどうでもよくなった。適当にごまかすか。


「夢を見たんだ」


 過去イチひどい言い訳ウソ。さすがの俺もここまで頭の悪いウソをついた記憶がない。ふたりの驚いた顔。…………通るか?


「そうだったんですね。天啓でしょうか」

「マコト、すご」


 と、通るのか……。


「この方にあぶないところを助けていただいたんですじゃ」


 ジジイが声をかけてきた。1ウソ100銀貨。馬車もお連れも貴族キゾクしてる俺らにビビりつつ。こいつ俺の魔力は見えてなかったのかな。魔力感知も年取ると衰えるのか。


「やはり、神の啓示……」


 なんかつぶやいてる。こわっ。そういえばアリアは宗教の人だったわ。


「そういえば、この爺さんから魔王について気になる話を聞いてな。礼をしたいんだ。エミ、銀貨100枚、頼む!」

「ま、またぁ!?」

「どんな話ですか?」

「今度話すから。先にエミ、お願い!」

「私、そんなにお金持ってないよ!?」

「マジで?」


「ふふ。私が」


 アリアはそう言うと、懐から綺麗な布の小袋を出し、手のひらに15枚、親指の爪くらいのサイズの小金貨を並べた。そしてジジイと俺に目配せをして、聖女の微笑みを浮かべて優しくジジイの手を取った。


「これで足りるといいんですが」


「そんな! 倍以上、おそれ多い! お、お返しします!」


 あわてふためくジジイ。援護してやるか。


「この爺さんさ、村が潰れて行くとこなくて困ってるんだ。ついでだろ。近くの村に手紙で口利きしてやってくれよ」


 直視を避けていたアリアの目を、意志を束ねて見て言った。


「アリア、頼むよ。本当に貴重な情報だったんだ」


 過去イチひどいウソ。この短時間で記録を更新してしまった。さすがに通らないか。変な汗が出る。


 俺の何を察したのか、両手の毛玉がアオンアオンと鳴き始めた。ジジイも何か言い出しそうだ。なんだこれ。状況がカオスすぎる。


「……ふふっ。に頼まれては仕方ないですね。ユーノ?」


「はい」


 メイドが静かに歩み寄り、後を引き受けた。


 通ったのか。



 今日の俺はウソが冴えているらしい。

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