聖女洗脳編2 廃村グルノルド

「ふう……」


 狼を殺したらアリアへの怒りが少しおさまった。完全にやつあたりである。


 防衛機制きせい、耐えがたい感情の消化吸収メカニズム。やつあたりは防衛機制だと代償? ちがうな、置き換えか。種類が多すぎて覚えてない。十以上はあったはずだ。


 落ち着いてきたら、クソ奴隷の腐った感情が再び、うぞうぞとうごめいてきた。きもちがわるい。心臓が跳ね上がるのを、胸を掴んでおさえる。


 くそ……。魂の濁り。視界が黒いモヤで狭まる。ヤバ


「……クソがぁッ!」


 再燃。怒り。沸騰っ! 怒りで奴の魂を焼く。怒りで意識を保つしかない。


 はぁ、これは、思ったより、消耗するぞ。


 手に魔法で火を浮かべる。握ると返り血が乾いて灰となって散った。燃える拳を見つめていると網膜に光の跡が焼きつく。


 イメージしろ。これは俺の怒りだ。


 さらに魔法。全身を炎が包む。アリアめ。俺の魂を、尊厳を足で踏みにじりやがった。俺の存在すべてをドブに捨てたんだ。ただじゃおかない。


 さらにイメージを爆発させるッ!


 ついに足元まで燃えだした。どんどん広がっていく。どうせ廃村だ。景気よく山ごと焼いてやろうか。


 ここまでしても俺の魔力を帯びた服は燃えていない。まだアリアの魔法耐性を突破できる気がしねえな。


 心の刃を鍛え抜いて鋭く研ぎすます。

 サクリと、アリアの体に突き立ててやる。

 良い目標ができた。



「ひ、人がぁぁ、人が燃えておるぅ! だ、誰かああぁ!?」


「うん?」


 あわてて消火する。廃村に人がいたのか。



✳︎



 身なりの汚らしいジジイが廃村に住みついていた。怪しい奴め。不審者を問い詰めることにした。


「あんたさあ、こんなとこで何してんだ?」

「貴様こそなんじゃ、ワシの村で。何をしておる」


 このジジイの村なのか。村長にしては威厳も魔力も感じないが。


「俺はまあ、アレだよ」


 相手がどうでも良すぎてウソをつく気も起きねえな。正直に答えてやるか。


「ここで女と待ち合わせてるんだ」

「この廃村でか? 怪しい奴め、何を隠しておる!」


 逆に怪しまれてしまった。おかしいな。


「何も隠してねえよ。あ、狼食うか?」

「ひ、ひいっ!」


 地面に転がしてた狼の死体。雑草に隠れていたのを笑顔で放り投げてやる。俺はそんな変なもの食わないしやるよ。


「き、貴様ァ。何もんじゃあ……?」

「マコトだ。まだ何者にもなれてないが」


 魔力がいくら強くても、いきなり勇者を名乗れるほど心は強くないんだ。



✳︎



 俺は年寄りに優しい。ジジイの長い身の上話に付き合ってやった。


 この廃村はグルノルドという村で、最近まで人が住んでいたそうだ。


 ある時、村長が森で猿に殺される。残った奴らの魔力が弱すぎたせいでモンスターからの防衛体制が整わず。村人がだんだん逃げていく。最後にジジイがひとり残される。

 それだけの話だった。


「魔力が強い奴がいないと村は維持できないのか。逆に、魔力が強い奴がいれば新しい村を興すこともできそうだな。おもしろい」

「何がおもしろい。ひどい奴じゃな」


 ジジイがムッとする。さすがに無神経だったな。


「すまん。ジジイは他の町に行かないのか?」

「受け入れてもらえんくてのう。どうせ老い先も短い。住み慣れたこの村で生きることにしたよ」

「ふうん」


 どこに住むかは自由だしな。他人が口を出すもんじゃない。



 このジジイと話していると、いつの間にか意識がクリアになっていることに気づいた。さっきまで暴れていた奴の魂もさすがに常に元気なはずもないか。元は人間だしな。


 やっと方針が立つ。奴の魂が活性化するたびに怒りを燃やしてレジストする。アリア達にはその度に適当に言い訳すれば良い。なんとかなるだろ。


 ジジイと話しながら、右手で流星剣のような魔力の剣を出す練習をする。そうやって時間を潰すことにした。


 村の話をいろいろと聞いて興味がわく。話が途切れたし、すこし散策してみるか。


「そこ! 危ないぞ、おいっ!」


「ああ?」


 足下。罠。

 慌てない。瞬間、右足をくくられるが炎で焼き切ってやる。


 油断。引っかかった。よく隠蔽されている。


「良い罠だ。罠で自衛してるのか」

「す、凄まじいのう……。本当に、何者じゃよ」


 罠。


 良いアイデアが浮かぶ。


 殺意がなければ設置可能じゃないか?

 その後、誘導してハメればいい。


 アリアを害するなという洗脳命令を欺瞞ぎまん。できるかもしれない。



 さらに閃く。



 例えば。


 アリアを洗脳する。

 魔王から守るために。


 できそうじゃないか?

 きっと洗脳の上書きは容易じゃない。


 洗脳命令ウイルスソフトを騙す。

 気分はアリアを侵すウイルスだ。


 興味がなかった魔王にも、やっと興味が持てそうだった。



「魔王を倒す旅をしている。聖女を待ってるんだ。ほら」


 強化された視力が3キロ先の馬車をとらえる。2台目、御者の陰に、いた。


 アリア。目と目が合う。


 そして魔力が奪われる。右手の薬指から流れる魔力のラインにむずがゆい感触がある。


 抗議。

 いや、そこまでじゃないな。

 アリアのおだやかな笑顔に、すこし甘えの感情がまじっている。


──勇者様、心配させないでください。


 そんな表情だ。


 アリアの好感度はまだ高いままだ。

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