完全██編11 森の猿

「アリアの言ったとおり、後続の商隊が増えたな」


 町を出てから、馬車の後ろに付いてくる連中が列を成していた。馬だの牛だのが引く荷車が数百メートル続いている。俺達は警護の兵代わりに便利に使われているらしい。


「森を抜けますからね。獣系のモンスターは厄介ですから」

「俺は遭ったことないぞ」

「だから本当に厄介なんです。小賢しい猿共め……」


 アリアが囁くように呪詛を吐く。めずらしいものを聞いた気がする。アリアの聖女の仮面がすこし剥がれるほどには、猿系モンスターは厄介らしい。


 ……まあ、人が普通に死んでるんだろう。


「森に入ったら馬車の外を走るから。ちょっと食い過ぎたから腹ごなししたい」


 さっきの町の小領主にぽっこりおなかが出るほど食わされた。そんなに魔力が強いと腹もすぐ減るでしょうガッハッハとか言われて。豪快なオッサンだったな。


 昼夜関係なくモンスターを追い払うために駆け回ってると言っていたが、見ると腕に生傷もあった。あまり裏表がなさそうな良いリーダーなんだろうね。


「お供しますか?」

「要らん。遊びだし」

「気をつけてね」


 勇者様は気高い使命に目醒めたようで嬉しいです、とでも言い出しそうな顔をアリアが俺に向けてくる。


 やめてくれ。遊びだし。そんな目で見るな。


✳︎


 パブロフの犬はベルの音でヨダレがダラダラ垂れるだけだが、アリアが俺に掛けていた洗脳魔法はとても気が利いた仕組みで、洗脳命令を守った場合の正の刺激と、洗脳命令を破った場合の負の刺激が設定されていた。

 極上の快楽と意識を奪う激痛というアメとムチ。


 これは賞罰で自発的な行動をするように躾けるもので、オペラント条件づけという。おそらくアリアはその効果測定を行っているんだろうな。今は。マインドコントロールの深さを測っている。アリアにどこまで従うようになったのか。見られている。面倒な女だ。今のところは点数稼ぎはうまく行っている感触はあるが。


 先行していた兵に声を掛けた上で、さらにその先を駆ける。索敵をしつつ。


 蟻共。はるか先に3匹。魔法で狙撃したい。アリアにコツを聞いておいた風の魔法をぶっ放す。


ズゴオオオォッ!


 反動で後ろの木に激突っ! 頭が揺れた……。視界が回復したが蟻は遠くで健在。魔法で俺が後ろに吹っ飛んだだけだった。完全なる練習不足。


 慣れないことはするもんじゃない。

 流星剣に魔力を視認できるレベルで注ぎ込む。


 そして全速力で接近。走る。あと3メートルの距離で止まって踏ん張り、振る。剣。魔力を限界まで研ぎ澄ます。眩く白く光って思わず左手を目の前にかざす。


 一瞬のちに目を凝らすと、切断された蟻の死体だけが残った。


「ふう、はあ……っ」


 勇者の全速力だ。速いが疲れる。数秒だけ息を整えてから索敵を再開した。


 猿共に今日は遭いたくないな。追い払えるかな? 魔力を声に乗せるイメージで、喉を強化して、叫ぶ。


「ウオオオオオオオオオオッッ!!」


 高揚した気分のまま、限界まで蟻や猿への殺意を高め、殺気を声に乗せて絶叫した。


 森の奥から甲高い獣の声が聞こえる。互いに警戒を促すように。うまく行ったか。


 いや、遠く後ろから馬のいななきと人の悲鳴のようなものが聞こえてきた。



 ヤバい。ヤラかした。

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