完全██編9 聖女の懇願
緩やかなアップダウンを繰り返して、ウラハの街から東へ東へと俺たちの馬車はトコトコ進んで行く。草丈の低い草原ばかりなのは、雨量が少ないからだろうか。幌の外を覗いて見たが、見える景色はここ数時間のあいだ変わり映えしなかった。
草、草、草。たまに細い木。
モリモリと背丈の高い雑草が生い茂っていた北海道の道路沿いとは違うけどな。蟻以外の様々なモンスターが出るとアリアから聞いていたが、兵士たちの戦闘音はまだ一度も聞こえていなかった。
「まだ戦闘はないのかよ」
「……きっと出ませんよ。戦闘は兵に任せて休んでいてください」
俺の独り言にアリアが答えた。いつの間に起きたんだろうか。すっきりとした顔をしている。俺がアリアの顔をぼんやり見返していると、エミがアリアに訊いた、
「なんででないの?」
「それはですね、勇者様の魔力が強すぎるからです」
「ん? おかしくないか? 南の森では、蟻があれだけ寄ってきてたぞ」
「虫系のモンスターは死をおそれませんから。普通は、モンスターでも臆病なものが多いんですよ。私程度の魔力であっても、蟻以外のモンスターはあまり見ませんよ」
「そういうもんか。つまんねえな」
なんだかんだあって、昨日から戦闘をしてない。肩慣らしに兵に混じって戦いたかったんだが。魔族領域に物理的に近づきはじめている。20日以上の旅とはいえ、焦りが少しはあった。
「そういやさ、後ろから付いてくる馬車がだんだん増えてるな。あれは何なんだ?」
「商人ギルドに私たちの旅の予定を伝えていますから付いてきたんでしょう」
「商人? ジャマにならないのか」
「高魔力者に付いて旅をすれば、モンスターだけでなく盗賊も襲ってきませんからね。商人たちは次の街からもっと増えますよ」
「俺たちを護衛がわりにしてるのか。かなりガメつい奴らだな」
「ええ。ですので多少の費用を負担させています。何か欲しいものがあれば彼らに用意させますから言ってくださいね」
商人よりアリアの方がガメついんじゃないか? まあ、貴族が商人にタダ働きさせられてたら微妙か。それでお互いウィンウィンの関係なんだから口を出す必要がないな。
「私、甘いものがほしい!」
「あとで伝えさせます」
「あと可愛い服も!」
「それはいいですね」
アリアとエミが俺を挟んでオシャレとスイーツの話を始めだしたから、俺は腰を深く掛けなおして体をそらした。エミのおしゃべりの相手をスムーズにバトンタッチできたようだな。
アリアの専属メイドも同行してるから、あいつに商人とやり取りさせてんのかな。ユーノと言ったか。俺に対する目付きが超クールな女。あの目がたまにムカつくから、そのうち屈服させてやる。
「勇者様はどう思いますか?」
「ああ、そうだな」
「ちょっとマコト、聞いてなかったんでしょ」
「悪い、考えごとをしてた。次の町にそろそろ着くだろ。店とか市場とか見たいんだよな」
ウラハの街だと自由に散歩もさせてもらえなかったからな。ウラハ家と勇者の評判を落とさないよう振る舞えるまでは我慢してくださいとか言われて。やっと異世界の冒険らしいイベントが始まるぞとワクワクしてきた。
「勇者様。勇者様の立ち振る舞いに皆が注目していますから、今回も散策は控えてほしいんですが」
「言わなきゃバレないだろ。あ、変装するから」
「勇者様」
アリアの真剣な声。
その本気の目線は、まるで俺に突き刺さるみたいに強い。洗脳抜きでも従いそうになる異様な迫力があった。
「お願いします。勇者様の威光を民にお見せしてくださいませんか、人族の希望は確かにあると。勇者様がここにいらっしゃるから安心していいんだと。誰にも有無を言わさないその圧倒的な魔力で」
「まあ、いいけどな。散策するのがちょっと楽しみだっただけだよ」
少し残念だが気持ちをおさめようとしていると、不意に俺の右手に柔らかい感触があった。
「何でもしますから。お願いします」
少し冷たいアリアの指が俺の指に少しだけ絡む。小指とか、薬指へゆっくりと伸びていく。
昨日の夜のことを不意に思い出す。アリアの切なそうな声。魔力のパスを介して微かに伝わった、じゅんとした艶かしい感触。吐息の熱さ。立ち上った匂い。
アリアの潤んだ瞳は、私は貴方に完全服従しますと言っているかのようだ。アリアの指が徐々に熱を帯びていく。
左手をエミに握られて我に帰る。すこしだけ痛いな。洗脳が解けたのに、聖女の色気に当てられて正気を失っていたかもしれない。
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