完全██編7 勇者の出発

 夜明け前のエミの部屋。


 今世紀最大の異世界ファッションショーが開催されていた。


 モデルはまあ、エミだけだ。当然。



「ど、どうかな?」


 エミはくるりと回ってみせると、透きとおるような頬を赤くしながら聞いてきた。


 かわいいけどさ。


 これで5パターン目なんだよなぁ。


 起き抜けの頭で女の服を褒めちぎるの、つかれるんよマジで……。


 慣れないことをしすぎて、脳がほとんど死んでる。


「うん。最高にいい」


 だが、そう答えたのは本心からだった。


 いつものワンピーススタイルじゃない。ハイウエストのパンツスタイル。


 エミもアリアも、メイドもスカートだけだから貴族家はスカートのみのルールでもあんのかと勘違いしてた。普通にパンツ履くんだね。


「めちゃめちゃ似合ってる、これ。ずっと見てたいまである」


「……やった!」


 マジで似合ってた。


 小さくガッツポーズ。なんだこのかわいい生き物。


 ファッションもいいけど、腰までのびたシルバーブロンドの長い髪を今日は後ろで結んでるのが一番グッとくるんだけどな。ポニーテール大好き侍だから、俺。


 エミはうれしそうだが、もっと褒めてほしそうにモジモジしてる。わかった、わかってるよ……。褒め言葉の弾込めのために、じっくり鑑賞するから待ってほしい。5分くらい。


 下が白系で少しワイドなパンツで、上が黒系のタイトなトップスか。


 エミは骨格とかは華奢だが、腰回りの肉付きが結構ある。要は、おしりが適度に大きいんだ。


 スリムなボディラインをみせるため、上着トップス裾入れタックインしてウエストを強調。


 ボトムスの腰の辺りの左右にボタン? と飾り布? のようなヤツがあしらわれているのがポイントなんだろう。

 それで、骨盤のラインを綺麗に見せてるし、細いウエストを強調している。


 ハイウエストパンツは意外と難しい。

 変にウエストだけ高いと、"お前どこまで足やねん"状態になる。


 メリハリの効いた、いいコーディネートだな。


 いいね👍


✳︎


 素直に感想を伝えた。


 …………デカ尻ってとこ以外。


 俺的にエロいのは褒め言葉だが、女はコンプレックスだったりするしな。典型的な男女のすれ違いである。



 めちゃめちゃ喜ばれて、1人ファッションショーからやっと解放された。やっと解放された……っ!



 そのタイミングを見てたみたいにアリアが部屋に来た。


「おはようございます」

「おはよっ!」


 オッスオッス。

 歩く淫乱、聖女アリアさんやないか。


 じいカップの完全淫乱女はいつもと大差ない格好で、心なしかスッキリした満足顔で微笑んでる。


 別にいいんだけどさ。


 服はまあ、聖女としてのイメージ戦略もあんだろ。修道女か、よくてその派生系のファッションしかしないとか、そういうヤツ。


 アリアがエミの服装を褒めたりしてるのを横目に思考をめぐらす。


 結論。


 昨日、アリアがシコってたのに触れるのはナシだね。


 これまで俺は勝手に洗脳したことに怒り、アリアを殺そうとした。

 あれは正当な怒りだ、心の自由を侵されたんだから。


 心の自由は誰もがおたがいに侵すべきじゃない。


 だから、アリアがいつどこでナニをオカズにナニしようが自由だ。気づかないフリをすることに決めた。


 エミの洗脳維持を依頼しちゃったし、心の自由を侵すなって俺の信念も揺るぎつつあるんだけど。さらに頭が混乱しそうなネタにはさわりたくなかった。


✳︎


 屋敷の前で馬車に乗り込んだ。馬車は3台、まんなかの馬車に3人で乗り込んだ。


 わーい、両手に花だー。


 荷物はガタイのいい執事がゾロゾロあらわれて、次々運び込んでいった。あ、アリアはさすがに荷物の量を半減させたな。


 モンスターとの遭遇戦は、とりあえず前後を守りながら同行する兵士がやってくれるらしい。南の森じゃなく東にずっと進んでいく。蟻はアソコほど出ないらしいし。


 長旅になるな……。


 最寄りの東の街でさえ半日、初日に泊まる予定の村に着くころには日が暮れているとか。


 することもないし寝るかぁ。ふぁあ……。


 俺の右に座るアリアがもう寝息を立ててビビる。旅慣れてるだけあって、寝つきはのび太くん並みだな。


 こいつ結局、一睡もしてないからな。エロ女め。


 左側のエミが黙って手を握ってくる。

 すこし考えて、握りかえす。


 にぎにぎ。


 しかし暇すぎるな。


 まったりする。

 刺激が足りない。

 こんなのが3週間続くのかよ。


 洗脳が解けて脳内麻薬が足りてないわけじゃないけど。感度50%アップに俺もよく耐えられたな。%は当社比だが。


 ……あんまりこういうのは良くないんだけどな。


 暇なのがわるかった。


 目を完全につぶって、唇を前に出す。


 どんな反応か見えないが、最初はとまどって、次にアリアの寝息をうかがって、すこし緊張しながら唇をそっと押しあててきた。期待どおりの反応。


 燃えるシチュエーション。エミの興奮度の高さが目を閉じてても伝わってきた。


 そこで急に中断させる。


 左腕でエミを引きはがし、元の位置に押しこむ。にやける自分の口を右手で覆い隠した。


 半目の最高にイラつかせる顔を作って、アリアを黙って指さして、


 アリアが起きるぞ?


 と口パクで伝えてやる。



 おっ。エミ、キレてる。



 頬を真っ赤に染めて、目に涙までためて俺をにらんでる。昨日は久しぶりにシなかったからな。エミ、寸止めはつらいか。ははっ。


 笑い声を押し殺すが、肩が震えてしまう。やべ、笑いがとまらん。



「はははっ!」



 なんかいいな。悩みもない。洗脳はもう解けた。


 エミが隣りにいてくれる。アリアも今じゃそこまでムカつかない。かなり気分がいいぞっ!


 春の朝日が勇者の行く道を照らしている。なんだか最高の旅が始まりそうじゃないか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る