完全██編5 勇者の重婚

 俺はもう、20分は床に寝かされている。上半身は裸で。アリアとエミの2人が俺を見下ろしている。


 何のプレイだよ、ふざけんなっ!


 などと叫んだりもせず、おとなしくしている。俺ってえらいネェ。


 アリアが慎重な手つきで、俺の左手の薬指をスタート地点に、手の甲、前腕、肘を通って、二の腕、肩から胸板にかけて、深紫に光る液体で文字やら魔法陣やらを描いている。


 羽ペンいたい。あと、床つめた……。


 それでも文句も言わずおとなしくしている。エミのためだ。アリアは真剣な表情だ。一発書きに失敗すると最初からやり直しらしいからな。


 俺を軽くおさえつけている左手がどこに触れてるのかも意識の外のようだ。


 あのさ。乳首にふれてんのよ。乳首。くすぐったいから。マジで。ちょっと笑いそうなんだけど。


 意識してしまうと、だんだんと耐えきれない程むずがゆくなってくる。気を逸らそうと視線をうろうろさせていると、そこで気づく。


 アリア。白いスカートの中ぜんぶ見えてる。ふともも。ドスケベすぎる。付け根までみえてるから。パンツが丸見えだった。


 白い。純白か。さすが聖女。アリアらしい下着だ。

 清楚な第一印象ながらも、レースで一部が装飾されているなど、その奥にエロスを秘めているのが見てとれる。サイドの部分とか1センチあるか? 煽情的すぎるだろ。


 動けない状況だし、仕方がないからじっくりと鑑賞する。本当、別に見たくてみてるわけじゃないんだからねっ。

 しかし、見ればみるほど、これはもう下着じゃないと感じられた。芸術品と言ってもいいんじゃないか?


 相当腕のある職人が、一点一点たっぷりと時間をかけて美を追求して手作りした、渾身の作品だとお見受けする。履いているモデルさんの曲線美も見事なものだ。目が離せないほど美しいものだ。結構なお手前でござった。


 つうか、異世界にしては攻めすぎなエロ下着だな。誰に見せる気だよ。やっぱり聖女じゃなくて性女だろ。


 20分以上も目を向けてなかった俺って逆に紳士すぎでは? ガン見しておけばよかった。


 股間がふっくらしかけたところで、強烈な冷気を感じた。床の冷たさ、ではない。殺気だ、これは。


 エミ。椅子に腰掛けたエミを見上げた。氷点下の視線で睨んでいる。俺は一瞬で縮み上がった。


 マジで何のプレイだよこれ。


✳︎


 エミも半裸にされて胸元まで描かれたが見せてもらえなかった。残念すぎる。


 3分ほどもあるクソなが詠唱のあと、俺たちが同意する詠唱を返した瞬間、紫黒の燐光が渦巻いて指輪に吸い込まれていった。契約が完成したようだ。


 試したが、マジで魔力のやりとりができる。どうせ魔力あまってるしいいかと思ってたけど、常にエミの魔力を感じるようになった。……もしかして、早まったか?


 ウキウキルンルンのエミは二度寝のために部屋に戻った。朝飯食わない派であることを初めて知らされた。食わないと大きくなれないぞ。


 アリアと魔導工房に2人きりで残された。腹へったな。


「行くぞ」


 朝食のために小ホールに向かいたかった。


「あのっ。お願いを聞いてもらえますか」


「……内容による」


 なんだよ、あまり聞きたくはない。洗脳されてなきゃ無視すんだけど。

 アリアは顔を紅潮させ、息もかかりそうな距離まで近づいて、もじもじしながら言った。


「あの。私とも、パスを通してくださいますか?」

「はあ? エミに殺されるよ。それに波長が違うから効率が悪いだろ。意味がない」

「そうですが、エミほどしっかりとしたパスでなくてもいいですから、ね?」

「なおさら意味がねえだろ。アリアの魔力は勇者や王族を除けば人族最強クラスだろ」


 微妙に食い下がりを見せるアリア。洗脳で強制してくるか。そんな空気はまだ感じない。


「……2人を見てたら。妬けてしまいまして」

「俺に気なんかないくせに。どうせ戦闘に有利だとかだろ」


 俺の魔力を使えるようになれば戦闘に有利ではある。だが、俺の魔力を奪ってより強力な洗脳をするとか、裏があるかもしれない。さすがに警戒する。


「洗脳といてくれたらいいよ」


 まったく期待しないで言った。あきらめてほしい。


「わかりました」


 わかりました?


「"仄暗い地の底に住まわる闇の精霊よ。虚の恋に憑かれた若き亡者の目を開き、煮えた鉛を背に流し、頭蓋の澱を注ぎたまえ"」


 青い燐光。油断。

 光るアリアの瞳。防ぐ間、ない。魔力でレジスト、すり抜け。顔、頭が光に包まれて全力で魔力をブッ放した。が、何も起きない? 何も感じない。むしろ思考は最高にクリアだった。


「何をした」


「解きましたよ。あなたの洗脳を」

「……何が恋の魔法だ。闇の精霊とか言ってなかったか?」

「解呪は闇系ですから」

「知らねえよ」


 動揺を、隠せない。

 洗脳が解かれた? 確かめなければまだわからない。しかし本能が確信している。心に巻きついた鎖がない。わかる。わかるのだ。


 解除した。完全解除だった。


 アリアに殺気を向けようとして気づく。殺す理由がない。アリアにはほとんど好意しか残ってなかった。殺気が湧かない。これでは試せない。


「お前を愛せ。お前に従え。お前を害するな。魔王を殺せ。合ってるか?」


「大体、まあ。いまさらどうでもいいのでは?」


「はぁ」


 でかいため息が出た。アリアの首に指をかける。頸動脈を勇者の握力で圧迫する。両手で。そして瞳の奥の感情を覗きこんだ。


「殺してやろうか」


 アリアの真意は見えない。俺は心を読めない。が、頭は痛まなかった。やっと洗脳は解けたらしい。それならば、10秒で許してやる。


 ぐらりと倒れ込むのを抱き支える。軽い。華奢な体の聖女。


 聖女の重圧。魔王の脅威。勇者の危険。


 適当に許す理由を作ることにする。俺はウソが得意だが、一番得意なのは自分にウソをつくことだ。


 アリアの白い首に俺の手の形が赤く残っている。指までくっきりわかるのがすこし痛々しい。


「アリア。魔力のパス、首輪ならいいぞ?」


「ごほっ、指輪がいいんですけど……」


 気管は潰したつもりはなかったが苦しそうだ。力が入りすぎたらしい。


 結局、右手の薬指にした。魔力の受け渡しを少しできるだけの簡単なパス。詠唱すると結んだ糸は朽ちて、魔力の残滓しか残らなかった。しかし、確かに感じる。


 アリアは嬉しそうにずっと、右手の薬指を見つめていた。

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