完全██編4 魔力のパス

 夜が明けた。

 暗闇につつまれていた部屋が、さっきより明るくなっている。


 この世界に来てから、睡眠時間が短くなった。からだの疲れはそれで回復する。魔力の効果。その魔力の回復のためには寝なきゃならないんだが、昨日は戦闘もなかったしな。


 明日の夜明け前にいよいよ旅立つらしい。


 蟻退治は結果も出せずに中途半端なままだ。アリアはただの戦闘訓練だと言ってたからいいんだが。


 どうせ今日もアリアは忙しい。エミとも離ればなれになるわけじゃないし、毎日一緒も芸がない。今日は南の森にでも行こうか? 新技とか試したいし。


 蟻の解体をしてて分かったこともある。胃の内容物に動物性の肉などはなかった。どろりとした液体しか出てこなかった。匂いと味から察するに、樹液だ。


 ぎしりとベッドから起き上がり、南向きの窓から朝靄あさもやに覆われた森をながめると、春の朝日がやさしく照らしていた。目をつぶり、ドローンで見るように森の俯瞰を想像してみた。


 広大な森を、生い茂った緑の葉が覆い尽くしている。陽光をたっぷりと浴びて光合成をし、生み出された糖分が木々の師管を通って降りていって、蟻の大顎で噛み付いた傷からちゅうちゅうと吸われていく。無限に。


 巣のそばに枯れた木が多いんじゃないか? 森の中を高速移動し、木々が枯れて少し開けた場所を探す。そして風の魔法をマネて魔力をブッ放して巣を破壊。イケるか?


 ……街に巣を失った蟻がなだれ込んだら最悪だな。


 南の森は蟻のスーパーコロニーと化している。札幌市の隣町、石狩市の海岸にある蟻のスーパーコロニーには数億匹が生息しているらしい。この世界とは蟻の大きさが100倍違うが、エサがあって敵さえいなけりゃ蟻はひたすら増えるもんだ。


 この森は蟻たちの要塞だ。兵糧攻めも効かない。時間も今日しかない。俺だけで落とせるか?


「……無理っ! あーあ、なんか爪痕つめあとを残したかったけどなーっ」


「ん……っ、なに……?」

「あー、すまん。……明日から朝早いし、もう起きたら?」

「うん…。ふぁ、んーーっ!」


 エミを起こしてしまった。声デカかったか。


 俺が勇者の体力で毎晩求めまくってるので、エミは常に寝不足だった。エミの魔力量じゃ睡眠短縮のバフ的なもんはないのか。


 魔力Cたいしたことねーな。あれ、魔力Bだっけ。Cは胸だった。


コンコン


「はーい」

「おはようございます、勇者様」


 優しげに微笑む戦闘力バストGが現れた。うん。Gは存在感が違うな……。今日も花か何かのいいにおいがする。


「アリア! おっはよー!」

「エミもおはようございます。今日は早いですね」

「任せて! 明日から夜明け前に起きるもんね!」


 こいつら、意外と仲良いのかな。ほとんど話してるところを見たことがなかった。


 珍しい2人の絡みを聞き流し、CとGをじっくり見くらべる。服の上から。


 C、G。指なら親指と小指。端と端だ。数字なら1と5ほどの格差。昨日の感触を思い出してしまい、なんとなく右手を見る。……すごかったな。


「マコト、何してるの?」

「え、ああ。曲を思いついただけだ。気にしないでくれ」


 ピアノを弾くように指を動かす。俺はピアノなんか弾けないけど。


「ふーん? いいけどね。そうだ、アリア! 私も魔王討伐の旅に連れてってくれるの、ありがとね。それでさ、私も役に立ちたい。できることないかな?」

「そうですね……」


 エミのテンションは今日も高いな。置いていかれると思ってたし、仕方ないか。


「最前線にあるリニーの街では、魔族との戦闘もあります。体のことを考えると戦闘には参加させてあげられませんが、回復魔法で勇者様を癒してあげてください」

「回復魔法ね。使えるけど。アリアの方がスゴいじゃん」

「そうでしたね……」


 思案顔のアリア。こいつ、俺の性欲処理用としか考えてなかったんだな。最低な女だ。……俺は婚約してるし一緒にいたいだけだ。


「勇者様と魔力のパスを通します」

「魔力のパス?」


「魔力のパスを通す契約をすれば、お互いの魔力を自由に受け渡しできます。高位の魔法使いたちが、自分の魔力だけでは行使できない大規模な魔法を使う際に契約します」

「そんなのがあるんだね」


「魔力の波長が2人は同じですから、魔力の受け渡しの際のロスも少ないです。これって本当にスゴいことなんですよ?」

「それなら役立てそう! マコト? お願いしてもいい?」


 嬉しそうなエミに水を差したくないな。大体、この魔力は元々エミから奪ったものだ。洗脳で心を奪って。罪悪感がある。すこしは返してやりたい。


「いいけど。なにすりゃいいんだ?」


「私の魔導工房についてきていただけますか?」


✳︎


 屋敷の奥、アリアの私室の隣りに魔導工房はあった。扉を開けてすぐに目についたのは、梱包された荷物の山。段ボールなら50箱はある。天井まで積み上がっていた。


「アリア。それを全部、明日持っていくのか?」

「…………今、見直してるところです」

「昨日、そんなことやってたのかよ」


 俺を見習え。荷物は剣と服だけの異世界ミニマリストだ。


「汚ねえ部屋だな。ぐっちゃぐちゃ」

「う、うん」

「明日までに片付けます。私には膨大な魔力がありますから簡単です。ふふっ」


 この部屋、モノが異様に多いな。本が大量にある。本棚に入りきらなくてそこかしこに積み上げられてる。梱包された荷物の中身を覗いたらそれも本だった。アリアは魔導オタクなんだろうね。


「こちらに掛けてください」


 椅子にまで大量に本が積み上げられてたので、アリアはそのまま別の場所に移動させて俺らの座る場所を確保した。


「ええと、ここだったかな。…………こっちか。ええっと」


 エミと2人で片付けられない女を観察しながらただ待つ。


 この部屋は本以外だと植物系の材料的なものが一番多い。あとよくわからん工具、調理用品。魔法陣は床に描かれてないし、煮立った鍋とかもない。すこし薬品、薬草?臭い気もするが、想像したのとちょっと違った。


 聖女でも魔女でもない、素のアリアがすこし見えた気がする。


「あ、ありましたっ!」

「よかったな」


 ……たぶん20分は待った。ヒマすぎて、エミに指ずもうを教えてやってたよ。


 俺の20勝0敗。完全勝利だった。


 エミが接待プレイが最後までなかったことにご立腹だが、そういうウソは嫌いなんだよ俺。


 アリアが取り出したのはシルバーの指輪。幅1ミリ。いや0.5ミリくらい。細い指輪がジャラジャラと大量にある。サイズはバラバラか?


「これらは、ただの銀の指輪です。ただし、魔力のパスを通したあとは外れなくなりますので、慎重に身につけるものと嵌める指を選んでください」

「外れないの⁉︎」

「ええ、魂がつながりますから」

「魂が……。すごいねっ」


 エミが赤い瞳をこちらに向けてくる。キラキラとした期待でいっぱいだった。


 ただ、俺は腰が引けていた。魔力のパス。魂の契約。こんな簡単にしていいのか?


 これで絶対に元の世界へ帰れなくなるだろう。


 だが、他に道はない。人は与えられた環境で頑張るしかない。種と同じだ。今いるその場所で芽を出すしかないんだ。


 ここは俺のいる場所じゃない。そう言う自分さえも受け入れて。ここで芽を出す。そして根を張る。生きていくんだから。


 俺はウソが上手い。自分の気持ちもこれで騙せた。あとは進むだけだ。


「これがいいな。ここにしよう」


 左手薬指の木の指輪の下に銀の指輪を嵌めてエミに言う。笑顔で。


「うんっ!」


 エミも笑顔だ。それだけでいい。

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