アリア攻略編15 █の魔法
来る。
アリアの魔力が。
神経をとぎすませていれば感じられる。
10メートルほど先だ。
ゆっくりと、アリアの濃密な魔力が近づいていた。
この、湖面のように穏やかな魔力が苦手だった。油断していると、つい心を許してしまう。膝枕をされて優しく撫でられたのを思い出す。あんな風にすべてを委ねて甘えたくなる心地よさがある。
それが、本当におそろしかった。洗脳。魔性。深入りしてはいけない。俺の本能を欺くこの女に、理性だけが警報を鳴らしている。
ドアの前に立った。音は感じないが、魔力でわかるのだ。おたがいに。
俺がもう起きているのに気づいたらしい。疑問の気配。警戒されてはマズい。殺気をもらさないように気をつけなければ。
アリアの感情をじっと探るが……、なぜか嬉しそう? 何を考えてるのかわからない女だ。
エミ。ベッドから動きはない。寝ている。まだ暗い時間だからな。それでいい。
きい、とわずかな音をたてドアが開く。
アリア。
肩まで伸びた金の髪。
白が主体の修道服。
きれいな青い目。
やさしく微笑んでいる。
可憐で清楚。
見た目だけなら完璧な聖女だ。
アリアを部屋に入れる必要がある。俺だけでは殺せない。拘束するために距離はできるだけ詰めたかった。
こっちに来いと手振りでアリアに伝えると、エミを起こさないように、そろそろと近づいてくる。静かに、ゆっくりと。
近いな。思ったより近いぞ。
潤んだ瞳が俺を見つめている。空のような透きとおった色。見つめていると飲み込まれそうだ。
花か何かの匂いがする。
アリアの発する香りを吸い込みながら、よくわからない感情に体が動かされる。なんとなく肩を抱くと、アリアは目を閉じて顔を上げた。
とろけた顔で、待っている。まだ警戒させたくない。応じるしかなかった。
キスを。やわらかな感触を思い出してしまう。アリアと戦う覚悟がもうどこかに消えていきそうだ。
ふれるかふれないか。そのぐらいの弱さで口づけをする。緩急は大切だ。すぐに舌を入れたかったが、鉄の意志で欲望を制御する。
すこしずつ、やわらかさを味わっていく。清らかな乙女の唇。これを俺しか知らないんだと思うと、ぐっと熱くなるものがあった。アリアの首にまわした腕に徐々に力が入る。いつしか俺も吐く息が荒くなっていた。
アリアに魅かれている自分がいる。終わりだ。俺はどうかしてしまった。俺の全てを奪い、洗脳までした元凶なのに。殺意を保てない。顔がよすぎるせいか? 目をうすく開けてアリアの顔をのぞく。顔だけなら最高にタイプなんだが。
何度も何度も、唇を吸い合っていたが足りない。物足りなくなってきた。お互いに。
にゅるりと隙間に舌をさしこんだ。アリアが驚いて固まっている隙に口内を
じゅる。
音を立てて吸うと、アリアはあごを少しあげた。はあ、と息を吐く顔に官能の色が混じっている。感じてやがる。あのアリアが。一気に血がめぐり、興奮してくるのを押しつけてやった。腰を抱きしめる力を強めると、アリアもついに俺の舌を吸いはじめた。
ちゅっ。ちゅっ。
ちゅぷ。
じゅるっ。
夜明け前のエミの部屋に、たがいの舌を吸い合ういやらしい音が響いていた。
エミはもう起きてる。下手くそなタヌキ寝入りだ。規則正しいリズムで寝息が聞こえてはいるが、魔力の気配でわかった。部屋が異様な空気に包まれている。いい流れだった。
✳︎
ちゅっちゅ ちゅっちゅと唇を吸いあって、そのうち満足して抱き合っていた。腰や背を撫であって、くすくす笑い合っている。
このタイミングだろう。
愛おしそうな仕草でアリアの首に指を回しながら、耳に近づき囁いた。
「アリア。愛してる」
洗脳由来の麻薬のような快感が背筋に走るが、鋼鉄の意志で無視した。あと数回、耐えなければならない。
エミにも聞こえたようだ。かすかに息を飲んだのが伝わってきた。ウソ寝は続けているが、魔力の方はかなり乱れている。アリアとのキスには慣れたかもしれないが、さすがに堪えたらしい。
俺はエミに愛を囁いたことがない。魔力の波長が同じだから言わなくても伝わるからだが、まずはそこを突く。なんとかエミを暴発させて、アリアを刺し殺させる。
俺の言葉に、アリアは笑顔を咲かせた。頬がピンクに染まる。そして、つぶやいた。
「……嬉しいです」
やっと。この流れならやっと言えそうだ。
「アリアに真実の愛を捧げたい。俺の洗脳を解いてくれよ」
「……何のことでしょう?」
ふざけるなッ!
という感情は完全に殺す。
想定通りの回答だ。アリアに紳士的に微笑みかけて、穏やかに言う。
「アリアのことを考えると、気持ちよくなり過ぎるんだよ……。ちょっと生活に支障が出てきた。何かしただろ」
「そうなんですか? 何のことだかわからないです」
アリアの微笑みの仮面。まったく崩せる気がしない。それは予想していた。
アリアとの会話でエミを暴発させる。エミが枕元の流星剣を刺すのを、アリアを拘束してアシストする。俺にできるのはそれぐらいしかない。
「エミを抱いていても、気づいたらアリアのことを考えてるんだ」
「ふふふっ、嬉しいですね、そんなに想っていただいて」
「アリアを想像しながらエミを抱くと脳が溶けてくんだ。気持ち良すぎてヤバいんだ。甘くて熱い、溶けた鉄みたいになって、頭から背骨の中を流れていって、こう、この辺まで行って、いきなり爆発しそうになる」
アリアを睨みながら、右手で俺の頭を指差した。
「正直に言ってくれ。俺の脳に何かしただろ」
「ふふっ。……私に恋したんですね、きっと」
「アリア」
非難する声色でアリアの名を呼ぶ。ここまでは予定通りだった。
エミの魔力が、震えている。俺の魔力の1%よりさらに少ないが、悲しみで打ち震えているのは伝わってきた。かよわい魔力が絶望の色に染まっている。指輪交換までした甲斐があった。妊娠が発覚したばかりのエミに対する第二撃目は綺麗に決まったようだ。
だが、俺の手札はほとんど残っていない。エミの子供についてアリアに貶させるよう会話を誘導するが、エミのトラウマをうまく突けるかは出たとこ勝負だ。
最後は耳を塞いでアリアを拘束し、エミに殺してもらうしかない。耐えれて10秒。指輪が最後の一押しをしてくれるかも運次第だった。
「たしかに恋をしたんだと思いますよ?」
思考の迷宮からアリアの声に呼び戻された。なんだ、どういう意味だ?
アリアの笑みが深まる。美しさに魅了されそうになった。心臓がぎゅっと掴まれ、腹に重たい何かが沈んでいく。
アリアの雰囲気が変わった……? 何かが。場の空気が想定を外れている予感がした。予感。何か。ボタンを掛け違えてしまったような。
「……魔法をかけていますからね」
アリアは笑って認めた。そこに感じられるのは余裕。それのみだった。
「恋の魔法をかけました」
アリアは恋の魔法と言った。
恋の魔法。ウソか、マコトか。
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アリア攻略編15 恋の魔法
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