アリア攻略編16 アリアの抱擁
恋の魔法。なんだそれは?
一瞬停止しかけた思考を、再び高速で回転させる。
洗脳魔法を肯定。
名前だけ否定。
恋の魔法。
強制的に恋をさせる魔法。
矛盾しない。
洗脳魔法と矛盾はしない。
同じものだ。
洗脳命令の4つ。
『私を愛せ』
『私と家族を害するな』
『私に従え』
『魔王を殺せ』
最後だけが異質だ。命令内容はあくまで推測だ。間違っていた可能性もある。更に深く思考をめぐらす。
恋をすれば盲目になる。恋人の願いは可能な限り叶えたいものだ。恋人に請われれば魔王だって殺すかもしれない。かぐや姫に頼まれてドラゴンの首を取るヤツもいるしな。
魔法で強制的に恋をさせれば叶う。特に矛盾はしない。あり得る線だった。おとぎ話に出てくる魅了の魔法のようなもの。矛盾はしない。
恋。魅了。想像をそこまで超えてない。この世界に来てから、性欲が異常に高まってる。魅了魔法。恋の魔法。そんなものだと思っていた。洗脳と変わらない。何も変わらなかった。
洗脳を認めた。前進。もしかすると、穏便に洗脳を解かせられるかもしれない。俺は殺人鬼ではない。アリアを殺さずに済むならそうしたかった。
そんな俺の考えを
「私はあなたに恋の魔法をかけました。そして……」
最後の言葉は、聞こえなかった。左耳の鼓膜を既にブチ抜いてあるせいではない。発音してなかった。寝たふりをいまだに続けるエミに、聞こえないように。
唇はこう言っていた。
────エミにも。
✳︎
アリアは勇者である俺を召喚した際に、恋の魔法をかけた。俺と、エミに。そういうことを言っていた。
想像もしていなかった。
だが、すっと腑に落ちる部分もあった。
超高魔力の勇者と、地下室で7日間も2人きりになる。魔力があれば洗脳が可能だ。上書きの難易は知らないが危険すぎる。エミにも首輪をつけておくのは当然だった。家族相手でも容赦がないが、アリアらしい効率重視の策だった。
いや、心がない相手にも股を開かなければならない貴族女性の知恵なのか?
洗脳を解いた時にあらわれるエミの本当の気持ちを想像して、ずきりと胸が痛くなる。痛い。痛すぎる。心臓が潰れた気分だ。
この世界では人とのつながりがない。エミとアリア。それしかなかった。だからエミが人質に取られるのは、ずっと覚悟してきた。だが、このパターンは考えもしなかった。
確かに、エミの好感度はやたらと高かった。最初から。魔法で作られたものだった。あの地下室で、一緒に閉じ込められたエミを気遣った。いろんな話もした。だからだと思った。思い込んでいた。自分の傲慢な本性を目の当たりにして、目の前が真っ暗になる。
がらがらと前提が崩れる。
足元がぐらぐらする。
頭がずきずきと痛かった。
洗脳命令に反してもないのに。
だが、俺は勇者だ。最後まで立っていなければならない。勇気はもう残っていないのに、勇気に似た何かを搾り出す。ウソでもなんでも構わなかった。立っていなければ。
恋の魔法を解けばエミを失う。アリアはそういうことを言っている。
エミにアリアを刺し殺させることだけを考えて策を練ってきたが、アリアはすべてを看破している。エミへの洗脳を解いたら簡単に防げると、そう言っている。
読心魔法か。エミが話したか。洗脳されてれば話すか。手のひらの上で踊っていたのか。なるほど。
「わかった。なるほど、そうか」
自然な仕草で右耳にぴたりと手のひらを当てる。そのまま魔法を行使する。
ボッ!!
いってぇっ……!
風の魔法で右耳の鼓膜を破る。もう何も聞きたくない。勇者の魔法抵抗をブチ抜いて耳を潰すのには練習が必要だった。無駄な努力だったが。
ガサッガササッ
俺の世界はガサガサとしか音が聞こえなくなった。両耳を潰した。これで洗脳命令『私に従え』は効かない。効かないのに。
それなのに、アリアは殺せない。殺す方法がなかった。
どうせなら自暴自棄に暴れたいのに、心が折れてしまって動けなかった。エミの枕元に置いた流星剣を取りに行く気力さえ湧いてこない。
ただただ呆然としていた。
いつの間にか、アリアに抱きしめられていた。あたたかくて、優しさで包み込むような抱擁だった。聖女の抱擁、やわらかくて気持ちがいい。
力が出せずについ寄りかかってしまうが、アリアはすべてを受け止めてくれる。女なのに力が強いな。魔力のアシストがあるからか。
思考が鈍化している。どうでもいい。
視界が光に包まれて、俺の世界に音が急速に戻ってきた。鼓膜を治されたらしい。回復魔法まで使えるのか。アリアはすごいな。
「ええ。あまり得意ではないんですが」
声に出していたようだ。思考に霧がかかっているみたいだが、どうでもよかった。
アリアが俺の耳元でかすかに囁く。
「エミの洗脳は解きません。エミを2人で楽しみましょう?」
アリアはそう言うと、抱きしめる俺の腕をすり抜けていった。窓から差し込む朝日に照らされ、後ろで手を組み、きらきらと輝く笑顔で、嬉しそうにアリアは言った。
「ふふっ。もう共犯ですねっ!」
さっきから感情が凍りついていた。
この美しい聖女の言葉も、もう頭に入ってこない。
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