アリア攻略編13 勇者の指輪

 あのさ。

 これは保健体育の話なんだけど。

 今日が排卵日だとして、妊娠させたい場合は3日前にセックスをするのが1番らしいぞ。

 卵子はすぐ死ぬから、精子が既に迎えに行っている必要があるってこと。

 その移動の時間が3日みたいだ。


 子作りをしている夫婦は、念のためその前日と翌日もセックスする。

 この黄金の3日間に避妊具を使用せずにセックスをした場合の妊娠確率は20%だと言われている。


 意外と低いな。

 サイコロで1を狙って出すのと大差のない確率だ。

 世の中の妊活夫婦は大変だな。


 ん? なんでお前にこんな話するかって?


 ………………。


 …………あのさ、………………。


 ……妊娠させちまった。他の女…………。


 すまない……。


 誰って。

 あれだよ。お前の知らない奴。

 銀髪赤目のエミって子。

 本当だって。


 出会いはあれだよ。

 誘拐犯。その一味。

 地下室に裸で閉じ込められて気付いたらヤッてた。

 うっせえな。


 まあな。

 ずっとヤリ続けてたから、危険日とか関係ないんだけどさ。

 確率20%だし。

 ゴムなかったし。

 だから使わせてもらえなかったんだよ!


 うるせえな。ああそうだよ。

 めちゃめちゃ気持ちよかったよ。

 溜まってたんだよ。仕方ねえだろ。

 社会人になって、年数回とか。

 減りすぎだろっ。



 現実逃避していた。

 地球に、元いた世界に残した恋人の脳内に、直接語りかけていたわ。

 俺の幼馴染の彼女と脳内で修羅場すぎた。



 エミが妊娠した。




 事後。


「あのさ。生理来なくてさ」


 めちゃめちゃ固い表情をしてずっと黙っているなと思ったら、やっと口を開き出した。


 一瞬。ほんの一瞬だけ意識が飛んで地球の恋人と会話したような気がしたが、気のせいだったようだ。


「やった!」


 俺はエミをお姫様抱っこしてベッドの上に立ち上がりグルグル回転した。魔力は腕力もアシストしてくれる。


「男かな、女かな? 名前は何にしよう! 1人目は俺の国由来にしたいんだけどいいか?」

「わっ。気が早いよ、いや速いよ!? こわいって!」

「んー?」

「回りすぎだって! 速い、こらっ!」

「かわいいなあエミはー。赤ちゃんもこんな感じかなー」

「ひゃっ? お、おろしてっ!」


 待望の、エミとの子だった。早いほど良かったからこんなに嬉しいことはなかった。遅ければ1年かかるのが妊活だからな。魔力差の影響も気になっていたが杞憂だったようだ。


「ちょ、とまって? きゃっ!」


 エミを抱きしめたままベッドから飛び降りる。のしのし歩きまわり、脱ぎ散らかした服をまさぐっていき、目当ての皮袋を取り出した。


「目を閉じろ」

「なに? こんどはなんなの?」


 答えずに、混乱するエミの夕焼けみたいな色の瞳をみつめる。やさしい目で。


 しばらくしてから、おとなしく目を閉じたところで、ごそごそと苦労して指輪を取り出す。


 俺の手作りの、木の指輪。


 あまりスマートじゃないが、エミを抱き上げたまま、エミを右手や左手にもぞもぞと持ち替えながら、苦労して左手の薬指に指輪をやっとハメた。


「開いていいぞ」

「うん……」


 無言でエミは自分の左手を見つめている。ちょっと髪が乱れすぎて表情が見えないが、魔力は波立っておらずに落ち着いていた。意外と冷静なのか?


 目を開ける前からエミは指輪に気付いていた。まあそうか。これだけもちゃくちゃしちゃサプライズにならない。おたがいに素っ裸だし、テンション上がりにくいか。今日は服着てヤレばよかった。


「……指輪」

「ああ」

「ありがとう……」

「うん」

「嬉しい……っ」


 うん。エミは静かに泣いていた。衝撃が強すぎて呆然ぼうぜんとしていたのか。エミの心が少しずつ震えていく。狙いどおりになって俺も嬉しかった。


「よかった。喜んでもらえるか、ちょっと不安だったんだ」


 エミに指輪をあげるのは、アリアとのキスを見られる前が理想だったからな。不安もあったが本当に良かったよ。


「私も不安だったんだ……。マコト、喜んでぐれるがなって……。うぐっ」

「嬉しいに決まってるだろ。俺、子供ほしいってずっと言ってたじゃん」


 俺たちは魔力の波長が同じだ。言葉も心も伝わっていたはずなんだが。伝わってしまうから、サプライズはむずかしかったんだけど。


「わかってるけどさ、わかってたんだげどっ」

「あぁ、もう。拭け」


 ベッドにゆっくりおろしてやって、エミの顔をシーツで拭う。エミは子供のようにされるがままだ。無垢な少女。ウソだらけの俺だが、その顔を愛おしく感じている俺の心に偽りはなかった。


「左手の薬指に指輪をめあうのは結婚のあかしだ」

「しってるもん」

「そうだっけ。そうだな」


 地下室でかな。そういやギリシャ神話を語った時に話したかもな。


「薬指は心臓と繋がってる」

「うんっ」

「誓いと忠誠の指なんだ」

「わかった!」


 皮袋からもう1個取り出す。習作として先に作ったから荒削りだし、亜麻の油をまだ塗ってない。間に合わなかったからだ。

 手渡して、左手をエミの方に突き出した。


「エミも」

「はい」


 エミの細い指が俺の左手薬指に指輪をとおした。そのまま手を握る。握り返してくる。


「俺たちはこれで結ばれたんだ。この世界のルールは知らないし、どうでもいい。俺の知ってるルールに従え」

「うんっ!」

「お前は、お前の心は俺のものだ。誰にも渡さない」


 エミは耳まで真っ赤にしている。照れて背を向け、ころんと俺のふところに転がってきた。側位とかせずに話を続ける。


「そして、俺の心はエミのものだ。ずっと」

「うれしい……っ」


 後ろからエミを抱きしめてみる。華奢な体だ。そして腰回りのラインがエロい。いい尻をしてるんだ。


「明日、洗脳を解いてくれるようにアリアに頼んでみるよ」


 目を閉じて間を置いてから俺が不穏な話題を出すと、2人の間の甘い空気が一気に消えた。顔を見なくても伝わってくる。


「魔王は倒すし、飲める条件全部飲む。けどダメだったら……」


 脳裏に浮かべたアリアへの殺意をかき集めて、心の中で爆発させた。先を告げなくても、エミにも伝わったはずだ。エミはかなり不安なようだ。


「アリアも妹の幸せを願ってるだろ。変な心配すんなって」


 軽薄に笑ってみせる。エミの不安はとけない。エミの頭が乗った腕の先、左手を握り指輪を見た。

 この指輪はきっと失われる。アリアの洗脳によって。そんな予感もある。

 燃えるのか割れるのか、結末は知らないが。


 しかし、子供ができて本当に良かった。これは本心だ。ウソではない。

 アリアを殺し損なった時のいい保険になるからな。きっと俺に代わってアリアを殺してくれるだろう。今の俺の意識があるうちに、手紙を残すことにした。

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