アリア攻略編5 勇者の告白

「マコト、それ。臭いから捨てようよ!」


 収集1日目の俺の蟻コレクションが危機を迎えていた。机の上に積み上げた10個の蟻の頭部。すべて俺の方を向いている。


 ランプの灯りに照らされているのが少し不気味だった。すこし酸っぱくて生臭い臭いがした。


「たしかに。くせぇな」


 机に向かって蟻の頭を観察していたが中断して、ベッドに腰掛けるエミへ椅子を向けた。


「だがな、蟻はこの世界のどこにでも出るんだろ? 魔王討伐の旅に出たら、1番戦う相手かもしれない。今からいろいろ知っておきたいんだ」

「でもさ、2人の時間使ってまで要る? それ」


 俺に与えられた自由時間は少ない。飯を食って寝るまでのわずかな時間しかない。それだけでは当然足りないので、俺たちは寝る間も削って仲を深めていた。


「蟻を安全に殺せるようになりたいし」

「アリアと旅に出てからでもいいじゃん」

「たまに死にかけてんだよ」


 少しイラついた声を出してしまった。エミの目に涙を浮かんでいく。なんか情緒が不安定だな。立ち上がって肩に手をかけ、瞳を見つめて言う。


「エミと世界を守るためだ」

「旅に出たら一緒にいられないんだよ?」

「死んだら二度と会えないだろ」

「それを言うのは、ズルい」


 立ち上がって縋りついてくる。瞳は真剣な色をしていた。


「ぜっったい、生きて帰ってね?」

「心配すんな。あの地下室みたいな自堕落ライフに戻りたいからな」

「……えっち!」

「子供の顔を見るまで死なねぇよ。俺さ、子供が好きなんだ」

「じゃあ子供、作らないとね?」


 エミの耳が赤く染まった。情欲の炎の色が混じる瞳を見つめ、ゆっくり顔を近づけると、エミはうっとりとした表情になりかけたが、不意に顔をそむけられた。なんだ?


 肩越しに俺の後ろを見て、少し気まずそうに言った。


「私の部屋に行こう」


 振り返ると10個の不気味な蟻の頭。空虚な瞳が俺たちを見つめているかのようだった。


「行くか」


 無言でエミの部屋に向かう。2人の間のいい雰囲気もどこかに消えていた。殺した蟻に復讐されてしまったらしい。


 ……やっぱ捨てるかなぁ。







「ねえ、おもしろい話して?」


 雑すぎるフリ。激しい運動で荒くなった息。窓から入る星明かりに照らされた顔には汗が流れている。エミのこの口ぐせは機嫌が良い時によくでる。


「魔法が上達した。こんな感じ」


 右手を見つめて集中する。火の玉を浮かべようとしたが、まだ時間はかかってしまう。異常に魔力の通りが良い流星剣や自分の体に魔法を付与するのは魔力量でゴリ押しできるんだが、体から離れた位置に魔法を行使するのは難しかった。


 魔法はイメージが大切だ。魔力でロウソクを作るイメージ。透明な魔力のロウソク。質感もリアルにイメージする。そこに着火する。音までリアルにイメージすると上手くいきやすい。ロウソク。火。火。シュボッ。


 お、いけた。少し魔力が抜ける感覚があった。手のひらの上に魔法を行使する際の赤い光が小さく渦を巻いて3センチほどの火の玉がふよふよと浮かんだ。


 エミに動かして見せてみる。火の玉を動かすイメージ。魔力のロウソクごと円を描くイメージ。


「すごい!」

「まあな」

「普通は何ヶ月も掛かるんだよ」

「勇者なら普通だろ。そういうふうに勇者んだんだから」

「早すぎるんじゃないかな?」


 体を起こして座って両手を構えた。


「"火よ"」


 俺と同じくらいの火の玉が浮かんで、5秒ほどで消えた。発動が早い。なんの苦労もなく、当たり前に魔法を使う。俺はまだ練習が要るようだ。


「なんで詠唱しないの?」

「あー。詠唱して魔法の属性とか威力を指定した方が魔力の節約になるらしいが、勇者は前衛だし無詠唱で即発動できるように慣れておけって、アリアが言うからな」


 うっかりアリアの名前を出してしまった。エミは他の女の名前を出すと機嫌が悪くなるので、慌てずさりげなくフォローする。


「エミのおかげで魔力の量はすごいからな、俺は。おかげで生き延びられそうだよ」

「……魔力がスゴいとなんでもできるね。うらやましい」


 しんみりと言う。それはアリアに対しての言葉か? 気になったがスルーした。


「あとさ、魔族も言葉がわかるんだろ? 魔法が到達する前に、詠唱が聞こえたら簡単に対策されちまうよ」

「たしかに。魔族は怖いからねー」

「会ったことある? 魔族に」

「ないよ。私はこの街を出たことないし」


 エミはあまり自分のことを話さない。真剣に聞くために火の魔法を消すと、部屋が暗闇に包まれた。無言で見つめて先を促してみる。


「屋敷から出たこともほとんどないんだ」

「ああ」

「マコトみたいに友達もいっぱいいないし」

「うん」

「何にも知らないし。魔力も強くないんだ。えっちして、子供産んであげることしかできないけどさ、一緒にいてくれる?」


 真剣な瞳だった。太陽のような強烈な眼差しが俺を見つめる。もう少し、仲を深める時間がほしかったが、俺は賭けに出ることにした。


「ああ。俺の脳みそに掛かった、変な魔法が解ければな」


 俺に掛けられた洗脳の魔法について、エミに明かすことにした。

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