アリア攻略編3 勇者の失敗
「魔王を倒すのは私たち2人だけです」
アリアの言葉が、ゆっくりと脳に浸透していく。魔王を倒すのは俺たちだけ。他はいない。ふざけんな。だんだん頭に血がのぼっていくが、止める気が起きなかった。
「高位貴族には、力を合わせて魔王を倒すという気がない。仲が悪いのか? だから、聖女と勇者が次々と増えていって、アリアと俺は10人目ってか?」
俺の声には、はっきりと怒りがにじんでいた。
アリアに対し、面と向かって悪感情を向けるのは初めてな気がする。かなり勇気が要るな。洗脳を今より強化されて、自分が自分じゃなくなるのは死ぬほど怖い。
「すこし、誤解があるようですが」
とまどった声を出すアリア。だが言わなければならない。
「他の貴族が力を持つのを受け入れられないか? 他の貴族のためにタダ働きする気もないか? 貴族にとっては、魔族との戦争さえ政治のオモチャか? 遊んでる場合かよ。クソが」
アリアを睨みつける。目で殺せるなら殺す。全ての元凶。可愛いだけのクソ女。あぁ、あたまがいたい。
「顔が真っ青ですよ」
「……うるせぇ」
頭が割れそうに痛い。金属の輪でギチギチと絞められていく様な痛みが強まっていく。意識が飛んでいきそうだったが、根性で無理矢理しがみついた。2秒は粘れたと思う。
世界が真っ暗闇になった。
◆
額に手を置かれてる。たまに、髪を撫でられている。ひんやりとした手の感触が心地いいな。
「……エミ?」
「他の女性の名前を呼ばれると、意外と傷つきますね」
この声、アリアじゃん。あわてて飛び起きる。え? 今どういう状況?
アリアのふとももを枕に寝ていた。後頭部に残る感触がきもちよかった。
「すまん。ちょっと記憶が混乱してて。え、なにしてたっけ?」
「2人で愛の語らいを」
「してないよな。いい。思い出した」
いつもアリアと飯食う部屋だ、ここ。完全に思い出した。
さっきはアリアに殺意を向けて気絶した。たぶん20分かそこらだと思うが。いやこれ、洗脳されてんのホント厄介だな。
「いきなり突っかかって悪かったな」
「こちらこそすいません」
「それだけ魔王討伐に本気だってことで、許してくれ」
「いいんです。私も、私達も、勇者様に頼りきりですし」
洗脳を解いてくれて、アリアが今よりもっと下手に出てくれたら、俺もすこしは親身になってやるんだが。
「いいさ。俺に任せとけ」
「あなたって、本当に面白い人ですよね」
「どういう意味だよ」
「……すごく、興味が出てきました」
……洗脳の効きがわるいのがバレてきたのか? 怒りを向けたのは失敗か。いろいろ早まったかもしれない。
◆
アリアと森を歩いている。今日もアリアと戦闘訓練だ。高まった魔力も使えなければ意味がない。
この世界の蟻は犬ぐらいデカくて、やたらとカタい。サイズも種類もさまざまだ。
街の南の森は、蟻どものスーパーコロニーになっており、5分も歩けば蟻に遭う。広い範囲にわたって生息しており、数千匹は余裕でいるそうだ。この街、大丈夫かよ。
蟻の歩く音はほとんどない。森の中は暗いが、先行している俺が遠目に蟻の群れを発見した。この世界の蟻も鼻がいいが目は悪いのかもしれない。
アリアにハンドサインで遠距離への範囲魔法で攻撃するよう頼む。そして、巻き込まれないために魔法の射線からズレて待機する。
「“風よ、刻め!”」
アリアが風の刃をぶっ放して、バラバラと散らばる蟻の破片が見えた。
蟻どもが距離を詰めてくる間、アリアのもう1発。
「"風よ!"」
討ち漏らしは3匹。右の個体との距離を詰めた。冷静に首を刈り取った後、その死骸を盾にして1対1の状況を常につくっていく。
蟻はクソみたいに硬い。頭はまるで鉄の兜だ。剣で斬ろうとしてもだいたい弾かれる。やっかいなことに表面に生えた毛が、針金みたいに硬いからだ。そのせいで剣がインパクトする瞬間、剣先をズラされてしまう。狙うのは首が1番だった。
俺が簡単に殺せているのは、魔力が強いからに過ぎない。火の魔法を流星剣にまとわせれば大根みたいに斬れる。特に技の名前とかないらしいので、俺は勝手に"火炎剣"と呼んでる。
火炎剣はよく斬れるが、頭をかち割ると剣の熱をほとんど持っていかれる。蟻の脳みそがフットーしちゃうのはいいんだが、2匹連続で頭をかち割ろうとしてもムリ。刃が入らずに弾かれる。
そんな時は、魔力消費を気にせずに全力で無色の魔力をぶっ放すしかない。何度も全力解放しすぎて魔力が足りず腕を喰われかけたこともあるが、後ろからアリアが魔法をぶっ放してくれて助かった。
理想はすべて首を刈ることなんだが、首は硬い頭に隠れているのでなかなか狙えない。それで、首→頭→首と交互に斬るか、難しければ首→頭→後ろに跳んで時間稼ぎ、という戦い方になる。火の魔法の再付与ができ次第、また首→頭→首のコンボを始めることになる。
蟻は移動力もハンパじゃないので、兵士や冒険者は1匹が相手でも必ず複数人で対応するらしい。突撃してくる蟻の正面に盾を持った重戦士が陣取り、大顎の強烈な咬みつきに耐えている隙に、左右からハンマーで脚を潰してから、頭を潰していくのがセオリーと聞いた。
盾持った重戦士がパーティーに欲しいけどアリアは入れる気がない。むしろ俺がタンクだと思ってそう。なんでだよ。
「毎日これだけ倒してるのに減らないな」
「そういうものです」
「何をエサにしてんだか調べたいな。今日から蟻の死骸をすこし持ち帰るよ」
「え? やめましょうよ」
アリアの反対意見は無視する。蟻の死骸をズタ袋に回収していくが、命令違反の罰の頭痛が発動する。2匹目でかなり強まってきた。ホントこの女はめんどくせぇ。
アリアを向いて、無理に真剣な顔を作った。その綺麗な空の色の瞳を見つめて言う。
「この街に危機が迫ってるかもしれないんだ」
「冒険者ギルドもやってます」
「ムダかもしれないが、やれることはやらせてくれ。魔王討伐に向けて何もしてないと、頭がおかしくなりそうなんだよ」
「……仕方ありませんね」
「ありがとう」
瞳を見つめたまま、全力でさわやかな笑顔を浮かべる。アリアの顔には困惑の色が含まれていた。
「もう昼になる。屋敷に戻ろう」
昼食って出直すために街に向かい始めた時に、
「……効きすぎかな?」
と、アリアがぽつりと言ったのを、俺は聞き逃さなかった。油断してやがる。洗脳の効きすぎを疑うとは的外れだな。まだしばらくは大丈夫かもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます