アリア攻略編2 聖女と勇者

 前はスマホのアラームがなければ起きられなかった。この世界に来てから俺は早起きになった。理由はいくつかある。


 寝具の質もそのひとつだ。自室の寝具の寝心地がよくない。だいたいエミの部屋で寝てるがそっちも大概だ。


 元の世界に置いてきたマットレスの適度な弾力と表面のなめらかさが恋しい。就職して買ってから3年使ってない。


 他にも理由はある。毎朝起こしてくるこの女の前でぐーすか寝てたら、何をされるかわからない。洗脳とか。あとキスとか。


「おはよう、アリア」

「おはようございます、勇者様」

「あのさ、さっきの……」

「ふふっ。寝ぐせ付いてますよ」

「うん?」


 話を露骨にそらされた。アリアは屈託なく微笑んでる。


 こいつエミが嫌いなのかな。それでエミとの仲にひびをいれたいとか。まあいい。


 アリアに顔を向け、口角を上げる。自然に笑えているはずだ。俺はえくぼがかわいい。


 後ろ髪に手を触れてみると、たしかに髪がはねている。水の魔法をかすかに指先に付与して湿り気を与える。


 火の魔法を手のひら全体にかるく帯びさせ、髪をゆっくりとなでてかわかしていく。ドライヤーの代わりだ。


「寝癖魔法がプロになってきたかも」

「何ですか? 寝癖魔法って。ふふ」

「アリアにも今度かけてあげよう」

「いりません! ふふっ」


 アリアが肩を揺らして笑っている。


 俺を異世界に召喚した聖女アリア。俺がすべてを失った元凶。殺したいが殺せない。


 肩で切りそろえられたプラチナブランドのきれいな髪。モデルみたいな顔とスタイル。あいかわらず見た目だけはいい。


 テーブルについておたがい向かいあって朝食がサーブされるのを待つ。なぜか食事はいつもアリアと2人きりだ。


 会えば会うほど仲良くなるという単純接触効果を狙ってだろうか。逆効果だと思うが。雨垂あまだれ石を穿うがつが、開けたらマズい穴もある。


「魔法にも慣れた。魔王を倒しに街を出たい」

「気持ちはわかりますが、あせらないでください」


 アリアは召喚してすぐに洗脳してきた。洗脳による命令の内容はこうだ。


 貴族を害するな。魔王を殺せ。アリアに従え。アリアを愛せ。自分の観察と様々な検証の結果、おそらくこの4つだろう。


 蟻との戦闘時にまったく恐怖を感じず思考が氷のように冷静になった。これも洗脳による命令だと思っていたが、そっちは膨大な魔力を得たせいらしい。


 魔力はまだわからないことが多い。観察と検証が必要だ。


 俺には何もない。


 アリアの何倍もある魔力だって、いつまであるのかわからない。


 観察と検証でこの世界のすべてを乗り切ってみせる。


「あせるなって、またそれかよ。魔法を教えてくれって言ってもそれだっただろ」

「魔力についてはすいません。勇者様の魔力の器が閉じ切るまでは無理をさせたくなかったんです」

「まぁ、いいけどさ。勇者召喚なんて前例ないだろうし」

「ありますよ」



「え?」



「前例は、あります。最近も」



 え?





「魔王軍に対抗するための魔法研究は、王国の魔法院でも、教会の枢機卿団でも、最高の人材を国中から集めて日夜おこなっているんです」

「そうか」

「私も魔力が強かったこともあって、教会総本山のある都市で魔法研究に携わっていました」

「聖女は、教会所属の魔法使いなのか。勇者召喚に成功した最高の魔法使い。アリアの他にも聖女はいて、それぞれ別に勇者を召喚している、ということか」


「……そうですけど。よくわかりましたね」

「いや、話の腰を折って悪い」


 アリアの不満そうな顔。気持ちがいい。


「才能ある魔法使いは、貴族の中においても特に優れた血統でなければうまれません。王族か高位貴族でなければ。一応、このウラハ家も高位貴族の1つなんですよ」


 アリアのフルネームはアリア・ウラハという。どうでもいいが。


「勇者召喚は最近になって開発されたばかりの魔法技術ですが、すでに前例は9つあります。マコト様は10人目の勇者になりますね」

「なるほどな」


 そんなにボコボコうまれているのは想像していなかったが、かなり納得感はあった。勇者召喚は貴族にとってコストが低いんだろう。必要なのは婚姻外交の手札2枚。娘2人だけ。妾の子だっていい。


 アリアのような1番魔力が強い娘を聖女にして勇者を召喚し、エミのような手頃な娘を抱かせて魔力を高める。それだけだ。召喚に必要なアイテムも金で買える程度のものかもしれない。


「わかった。そいつらと魔王を倒そう」


「いいえ」


「え?」


「魔王を倒すのは、私たち2人です」


 助け合わないのか?


 貴族の仲は悪いんだろうか。悪いんだろうなぁ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る