アリア攻略編

アリア攻略編1 アリアの先制

「勇者様。起きてください」



 ねむい。



「……」



 アリアの声で目が覚めた。


 はじめてのことだ。緊張感がたりてないのかもしれない。



 だがねむい。



 すぅ。すぅ。


 となりから聞こえるエミの寝息。



 規則ただしいリズムで、ゆっくりと寝息のマネしてみる。


「すぅ…………。すぅ…………」


 こんなもんかな。ゆっくり。しずかに。息をすってはく。



 この世界を受け入れはじめたせいだろうか。


 俺はよくねむれるようになった。物音で目覚めることもなくなった。


 目をつぶっているから何となくだが、アリアがしずかに近付いてきている、気がする。


 いまはすこし明るいが、真っ暗な時間にもアリアは部屋に入ってくる。なんなんだ?


 洗脳魔法の関係か。危険だが、すこしだまっててみるか。何をしようとしてるのか、できれば知りたかった。



 ……このまま帰ってくれないかなぁ。



 寝息のフリを続ける。アリアは黙ったままだ。耳をすませながら、魔力も意識してみる。


 俺は魔力を感じられるようになった。


 この世界を受け入れはじめたんだろう。


 魔力を帯びる前ならまだしも、魔力を帯びた俺の体を元いた世界に転送することはできるんだろうか。あきらめるつもりはない。



 アリアの魔力はゆっくり近付いている、気がする。



 俺は魔力が強い。強すぎる。


 そのせいか、魔力感知はまだ苦手だった。


 適当な例えだが、自分の体臭が強いと他人のにおいがわかりづらい。そんな感覚。


 エミの100倍以上、アリアの10倍以上はある。しかも、今もすこしずつ増えている。


 アリアでギリわかるレベルだ。魔力感知はこの街で1番ヘタクソかもしれない。


 魔力量の測定とか単位とかもないらしいから、仮に俺を魔力1万、アリアが魔力1000、エミが100、平民が魔力1とする。


 魔力が低いヤツほど魔力感知は得意だそうだ。離れすぎるとモノスゴい圧を感じてしまうらしい。威圧感を感じて本能的に従いそうになるそうだ。


 魔力量が戦闘能力に直結するなら、この世界の貴族が封建制度を維持するのは簡単だろう。有事に戦う必要はあるが。


 この屋敷で働く従者メイドはすべて平民らしい。こないだのミアも農家の娘で、税金がわりに働かされてるそうだ。やたら俺の言うことを聞いたが、魔力差による威圧感もあったらしい。




 ……なんか近いな?


 花のかおりがする。アロマオイルのような。


 ほのかにせっけんのかおりも。


 うっすら目をあける。


「…………!?」


 アリアと目があう。20センチもはなれてない。


 な、なんだ?


 朝日を浴びてきらめくプラチナブランドの髪を左手で耳にかけながら、俺の顔をのぞきこんでいた。


 近い。近すぎる。


 アリアはおだやかにほほえむ。


 ……すこしのあいだ見惚れてしまう。


 本当にかわいい顔をしている。正直タイプだ。あとおっぱいでっけえな。


 アリアは人差し指を1本たてて、くちびるに当てる。しずかに、というハンドサイン。


 なんなんだ?



 ああ。となりのエミが起きそうなのか。


 エミを見るが、気持ちよさそうに寝ている。すうすうという寝息。


 ゆっくり息をはいて、すぐ行くから出てろと言いかけたところに、くちびるの感触。



 アリアのくちびる。


 やわらかい。


 ……まつげ長いな。



 アリアは目を開け、あとで、とだけ耳元で囁いて、顔をすこし赤くして部屋から出て行った。



 ホントなんだったんだ?


 洗脳の一環だろうか。



 とりあえず、この動揺をエミには悟られたくない。


 俺に過失はないが、時効になるまで顔を合わさぬよう、音を立てないよう慎重に部屋を出ることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る