エミ攻略編5 メイドのミア

────エミの場合────


「なんで俺達閉じ込められてるんだ?」

「なんでだろうね。そんなことより、ねえ。おもしろい話して?」

「あと、俺も魔法使ってみたい。魔力って何?」

「なんだろうね。それよりさー。はやくー」


 ずっと一緒にいて仲は悪くなかったはずだが、エミは意外と口が固かった。


────アリアの場合────


「俺も魔法を使えるのか?」

「まず、剣を使えるようになってください。魔王との戦いでは前衛として私の前に立っていただきますので」


 アリアの方針に疑問を持つことは『アリアに従え』という命令に反する。そのような言動は控える必要があった。


 アリアから得られる情報は多いし有用だ。しかし深掘りが難しかった。





 この女は口が軽いんじゃないか? そんな予感があった。安くない情報料を払うんだ、噂だけじゃ足りない。ほしい情報をすべて吐かせる。払うのはエミだが。


「改めて自己紹介するか。俺はマコト。俺なら簡単に魔王をブッ殺せるからと、アリアに頼まれてばれた。俺の国では王族に近い血筋だ。アリアと婚約してるからいずれお前の雇用主になる。従者を殺す趣味はないから安心してくれ。お前の名は?」


 適当ぶっこいた。日本は国民主権で平等だ。皇族とも平等なんだからウソじゃないということにしよう。どうせ封建制の原始人に天皇象徴制は理解不能だ。


 従者メイドは目を見開いてやたらと驚いてる。俺なんかやっちゃいました? 大ウソをぶっこきすぎたか。


 頭を深く下げたまま言う。


「ミアと申します。洗濯などの雑用を担当しております」

「顔上げていいから。何年勤めてるんだ?」

「ええと、……13年目になりました。早いものですね……」


 遠い目をしている。年齢は地雷か。あと褒めとくか。言葉は無料だ。


「そうなのか! あまりに可愛らしい人だから新人かと思ったよ」

「いえそんな。ご冗談では」

「その可愛い唇を見ていると正直、魂がたぎる……。目元の黒子もセクシーだ。俺の国なら、男は君を放っておかないよ」

「私、貴方の国に生まれたかったです……」


 うーん。男関係も地雷かな。ん?


 ミアがうるんだ目で俺の顔を見上げてくる。顔が赤い。


 褒めすぎた? 吊り橋効果もあるか? 緊張と緩和。ファーストコンタクトって、たまにハマるよな。めんどくさい。はぁ。


 肩を抱いてキスでもしとくか。


 元の世界に戻るためなら俺は何だってする。





 とろけたミアの瞳を見つめ返す。金払うのに。面倒くさいなぁ。5秒ゆっくり、間を取った。


 優柔不断なメスは、優柔不断なオスに惹かれない。この世の真理だ。弱気なミアには強引にいった方がいい。


「男がいるか知らないが口に出すな。出せば殺す」


 ミアは息を呑んだ。1歩近づく。距離は40cm。


 俺はオラオラ系ホスト、と自己暗示マインドセットをかける。俺はホストに詳しい。マンガで読んだ。この世の全てはマンガの中に描いてある。


 無言のまま左手でミアの肩をつかむ。こちらに引き寄せると抵抗はなかった。こちらをじっと見たままだ。硬質な表情を作ったままささやく。


「お前の人生のすべてを俺に捧げろ。なに、悪いようにはしない」


 最後に表情をゆるめて、微笑ほほえみかけた。


 右手でミアの頬を優しくなでる。すこし髪にもふれた。視線が俺の目、足元とキョロキョロしている。


「目は閉じろ」


 右耳に囁いてから、とにかくゆっくりと唇を当てる。優しく。ふれるだけ。


 ミアの柔らかい唇の感触が、ほんの少しわかる程度。


 これだけ? と思わせる。足りないと思わせたら勝ち確だ。短期決戦でいく。ダメなら次。どうせ魔王討伐で旅立てばこの屋敷の人間すべてと関係が切れる。どうでもよかった。


 





 


 結果として、ミアは夢見心地な表情で色々教えてくれた。15才から住み込みで働いてるとか。農村出身だとか。洗濯従者ランドリーメイドの給料は安すぎるだとか。あと、出会いがないとか。


 グチだ。そういう情報は要らねー。そう言いたかったが、俺は鋼の精神力で耐えた。


 グチの内容から察したところ、従者の中では洗濯従者ランドリーメイドは身分が低く、制服の色や給料、待遇など細かい様々な制限があるようだ。アリアら貴族を頂点にしたピラミッドが屋敷の中で形成されているという。異世界おそるべし。


 仕事のグチは特に多かった。水を吸った服が重い。手荒れがヤバい。上司がシワ1つでガミガミうるさい。洗濯物を抱え過ぎて落としてやり直しになった。どうでもいいグチばかりだ。


 だが、聞いてやってるうちに仕事の好きなところもポツポツ話し出した。


 洗濯物をシワひとつなく仕上げた時の達成感。乾いた洗濯物のにおい。晴れた日の朝の空気。仕事でヘトヘトになった後のご飯の美味しさ。


 傾聴じゃないが、聞いてやるだけで悩みは消えたりするものだ。


「その石鹸で荒れた手も、俺からすると勲章だ。兵士が傷を恥じるか? もっと誇れ」


 この異世界がどんな世界なのかの情報が少なすぎる。アリアのフィルターをとおってない情報が必要だった。噂であっても。


「それとさっきの噂、面白かった。今日は遅い。明日改めて礼をしよう」


 勇者は女の魔力を吸って殺す。エミは魔力が枯渇し死にかけてる。そんな噂だった。

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