エミ攻略編4 メイドを誘う

 雨が一度止んだので、また今日も南の森で蟻を殺す訓練だ。


 森は常に薄暗く、時間の感覚がわからなくなる。時計がない生活に慣れていないので、休憩や撤収のタイミングはアリア任せだ。


「またすこし雨ですね。まだ夕方になっていませんが……、帰りましょう」

「そうだな」


 たしかに雨音がかすかに聞こえる。モンスターのたてる音が聞こえなくなるため、早めの撤収は妥当なんだろう。


 雨の中ではたぶん魔法も弱まる。足場も悪い。索敵もしづらい。服もぬれるしいいことがない。


 街への道を会話もなしに小走りで進む。雨がすこしずつ強まっていた。


 到着する頃には薄暗くなっていた。そのせいか、夕方にはまだなのに灯りを持った兵もすでにいた。


 夜はモンスターの世界らしいが、街の警備は万全なものだ。堀と壁が街のまわりを囲んでいるし、松明を持った兵士が巡回している。そこから離れたところに人相の悪い武装した集団がいくつもいた。


「あれが冒険者か? 初めて見たな」

「ええ。冒険者パーティはだいたい夜活動していますから」


 兵の負担をへらすため、冒険者たちが兵が巡回警備する更に外周で待機しているとかか? 冒険者の稼ぎ時は安全な昼ではなく、危険な夜なのか。


 昼夜逆転はなぁ。健康に悪そう。この世界でSSSランク冒険者になってハーレム構築する夢は諦めよ。ランクとかあんのか知らんけど。


 屋敷に着いたら髪から水がたれるほど濡れており、足も泥まみれだった。アリアの白い服もぬれて透けている。下着も白くて色々透けてる。視線を強い意志の力ではがして、手持ちで1番マシな手拭いでアリアをぐるぐる巻きにして、背中をトンと押す。


「早く火にあたれ」

「ありがとうございます」


 俺は蟻の体液まみれだ。すぐに屋敷に入れない。体液は酸性が強いため、放置すると装備がいたんでしまうらしい。


「水桶をお願いできないだろうか」

「かしこまりました」


 入口に控えていた従者の女性に水桶を頼んでいる間、装備を拭いて待つ。


「お待たせしました。こちらもどうぞ」


 水桶と清潔な布などを持ってきた。気が効くな。最高の笑顔を作り、愛想よくお礼を言う。


「ありがとう」

「どういたしまして」

 

 無機質な声が返ってきた。……ニコポはムリだな。笑顔の可愛い俺でもちょっとハードルが高い。


 昨晩部屋に呼び出された少女を試しに殺そうとしたが、洗脳由来の頭痛が発動した。アリアやエミの妹だった。この女はどうか。後で背中を見せたら剣を向けよ。


 殺人鬼みたいな物騒なことを考えながら装備を拭いていく。


 金属系は灰をまぶしてから水で洗い、水分を完全に拭ききってから油を塗る。布系も灰をかけてもみ洗いしてからしっかりしぼる。


 今日は泥が付いていた。赤く生臭い泥で、サビのような悪臭がする。泥そのものが鉄分を多く含んでいるのか? 洗っても色も臭いもとれない。


 召喚されるまでこんな生活を想像したことがなかった。何で俺だけ、理不尽過ぎる。


「勇者様。私が代わりましょうか?」

「いい。装備の手入れを身に付けたいんだ」

「そうですか……」


 昨日、『装備の手入れは従者に任せず覚えてください』と言われている。アリアには従わざるを得ない。魔王の領域に乗り込むつもりなんだから従者をゾロゾロ連れてはいけない。なんならアリアの従者を俺がやらなきゃならんのか? 普通に嫌だが?


「……こんな泥をさ、落とすコツとかある?」

「まず火のそばで乾かして叩きます。今日みたいな雨の日は難しいですが、濡らさないのが1番です。泥は水洗いで本当に落ちないので」

「詳しいな」

「これが私の仕事ですから」


 自分の仕事への自信と誇りを感じる言い方だった。仕事に真摯なヤツは良い。荒れたその手も勲章なのかも知れない。


 この従者をなんとなく観察する。従者は貴族と間違えられぬよう、制服が支給されている。自腹の私服より制服は楽だろう。黒のワンピースに白いエプロンとキャップ。


 同じ服装の従者の顔はなかなか覚えられない。くすんだ茶髪。瞳も茶。25くらい。肌は小麦色。大きな唇が少しセクシーかな。体のラインが出ない服装のためスタイルはわからない。


「ど、どうされました?」


 黙ってジロジロ見てたら不審がられてしまったようだ。


 誤解を解かなければ。


「君のことが気に入った。仲良くなりたいんだ。あと、ちょっと後ろ向いてくれないか? それで俺がいいって言うまで振り向かないでほしい」

「………っ!!」


 恐怖で顔が歪んだ。みるみる青ざめていった。


「……お部屋に、のちほどうかがいますっ!」


 死にそうな顔して涙目で走りさられた。昨日といい、俺はなんだと思われてるんだ? エミとはヤリまくったけども。


 まあいい、部屋に来るなら殺せるか試せる。





 元の世界に戻る。必ず戻ってみせる。そのためならば何でもする。何でも、だ。


 そのためには知らなければならないことは多い。あらゆることを知りたい状況だ。それなのにアリアもエミも情報源として微妙だった。


 特にアリア。アリアとは会話するだけでも危険すぎた。


 例えばだ。俺は、これから女を抱くたび、アリアのことを考えながらしてしまう。『アリアに従え』という命令があるからだ。おそらく。



──他の人とするとき、私のことを想ってして?



 クソッ! 忌々しい。


 すぐに気付かなかったが厄介な命令だ。ド厄介。


 それにこれ、『アリアを愛せ』という命令が絡むんじゃないか? セックスの快感に、洗脳由来の快感のバフが乗るんじゃないか? あの地下室で、エミと狂ったようにヤリまくってた時みたいに。


 厄介すぎる。


 イライラが止まらないまま、名前も知らない従者を待つ。つうか名乗っとけよ。ホント殺すぞ!


「遅くなり、申し訳ございま、ひぃっ!」


 今にも死にそうな真っ青な顔をしたあのメイドが入ってきた。


 ノックしたのか? さすがにしただろうな。気付かないくらい興奮していたらしい。


「遅い」

「も、申し訳ありませんっ!」


 早かったら『早すぎる』って文句言うつもりだった。八つ当たりだ。


「逃げようとでも考えてたのか?」

「失礼のないよう身を清めておりまして、その」

「俺が頼んだか?」

「…………ッ!」


 血の気が引きすぎて紫色になってる。


 最初に鬼のような顔でにらんだ照れ隠しに悪ノリをしてしまったが、そもそも俺はなんだと思われてんだ? 昨日来た女もだがビビり過ぎである。


 これだけ殺気向けても頭が痛まない。やはり『貴族を害するな』という命令は貴族の従者には適用されないようだ。


 念のために試しておく。


 無言でゆっくりと椅子から立ち上がる。間が大事だ。流星剣を抜き払い、この女の目の前まで近付く。剣を一気に首元に近付けて止めて目を合わせる。


「さっきはお前の仕事ぶりを褒めただけだ。あと背中に虫が付いていた」


 笑顔を作り言う。


「よくわからない勘違いされたから、からかっただけだって! あははははっ」


 腹を抱え笑う仕草をする。これで冗談として済ませられるだろ。きっと。


「じ、冗談だったんですか……?」

「ああ。女を食い殺すとか、変な噂でも流れてんのかよ」

「はい……。手当たり次第に女性を襲って魔力を吸い殺すとか従者で噂になってて。そうですよね。冗談ですよね……」

「……うん。銀貨100枚出すから、その噂詳しく教えてくれる?」


 ちなみに金など持ってない。空手形だった。銀貨の価値も知らんが、後でエミにもらおっと。完全にヒモである。

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