エミ攻略編3 アリアの洗脳

 アリアは召喚してすぐに洗脳してきた。その瞬間の記憶はない。だが、そうとしか考えられないことが俺の精神に起きている。


 洗脳による命令の内容はおそらくこうだ。


・貴族を害するな。

・魔王を殺せ。

・アリアに従え。

・アリアを愛せ。


 この4つだ。


 エミに対してはない。たぶん。エミも愛せという命令は矛盾する気がするしな。アリアが抱けと言ったら抱くだけ。そんな感じだと思う。


 いろいろと仮説を立てて様々な検証をしている。きっと正しいだろう。


 ついさっき、蟻との戦闘後に屋敷に戻っていた時のことだ。無防備に俺の前を歩くアリアの後ろ姿に殺意が湧いた。まったく抑えきれなくて剣を抜こうとした。


 命懸けの戦闘による興奮を恐怖で相殺もさせられず、青天井で気分が高揚してたんだろうか。自制できなかった。


 すぐに脳と背筋に強烈な電撃が流され続けた。そんな衝撃が続いた。永遠に続くかと思った。気付いたらぶっ倒れて吐いてた。


 いま思えば、街中でよかった。森でやっていたら下手すりゃ蟻のエサだ。


 アリアに不審がられたが仕方ない。体調不良と強弁した。強引すぎるか?


 他にも言葉に出そうとしても頭が痛くて口から出ないセリフがある。頭に浮かべると頭が痛くなる言葉がある。逆に命令に従うと謎の多幸感もある。


 地下室でエミとヤッてた時も、セックスの快感に、洗脳からくる脳がとろけるような極上の快感が上乗せされていた。


 麻薬のような中毒性で、処女を散らしたばかりのエミを気づかう余裕もなく、獣のようにむさぼり続けた。


 あれはヤバかった。俺史上最高の快感だった。正直に言う。恋人とした最高のセックスよりも、2倍は気持ちよかった。思い出すだけで体が反応してきた。


 恋人よゴメン。チンポには勝てなかったよ…


 快感のアメと痛みのムチによる支配。俺の脳は魔法でかなり変質したらしい。最悪だ。


 しかし疑問もある。


 そもそも洗脳は、洗脳されたことに気付かないことこそが最もおそろしいものだからだ。


 カルトの信者の家族のドキュメンタリーをテレビで見たことがある。彼らは洗脳を自覚できていなかった。それで家族はカルトに戻りたがる信者を相手にめちゃめちゃ苦労していた。


 これが勇者となった俺に与えられたチートなのか? 洗脳耐性レベル1的な? そういう世界観じゃないみたいだけど。俺をんだのは神様でなくアリア様、だ。


 今ゾクッときた。


 アリア様。美しいアリア、聖女アリア様。女神のように美しい聖女アリア様。愛してる。ああ。


 これ以上の検証は危険だ。洗脳の多幸感。あの女に様をつけるだけでも発動するらしい。あと少しでイキそうだ。名前を連呼するだけでイケるからズリネタいらないな。


 俺の脳は魔法でかなり変質した。本当に最悪だった。





 夕食中に検証すべきじゃなかったな。ヤバかった


「マコト様」 


 アリアとの夕食後、自室に戻るところを呼び止められた。


「エミが少し体調を崩しました」

「え? 心配だな。なんともないといいんだけど。お医者さんはなんて言ってるんだ?」

「しばらく安静にすれば問題ないとか。従者に看護させるのでご安心ください」

「顔を見にいってもいいかな」

「できればお見舞いは控えていただけますか」

「ああ。ゆっくり休んでほしいと伝えてくれ。枕元にメモでもいい。俺は読み書きができない」


 アリアが薄く微笑む。その表情でなんとなく察した。


 ヤリすぎか。


 毎日は配慮が足りなかったか。7日の断食もあった。性欲をもてあましていた。そうとうムリをさせてしまったらしい。


 男として失格だな。初めての1人の夜は、至らない自分を見つめ直さなければ。


「代わりを用意してます。お好きにしてください」

「はぁ? いやいらな……」


 違うな。洗脳されてる演技をしなければ。昼間の件もある。少しでも疑われていたらマズい。頭を回転させる。


 真剣な顔を作ってアリアの瞳をじっと見つめた。この女に覚悟などない。交際をせまるフリだけすればいい。


「アリア。君がいい。君と一緒にいたいんだ」

「え? いや私は」

「少しの間でいい」

「……すいません。聖女は清らかでなければ力を失います。魔王を。魔王討滅という人類の悲願を果たしたときに、あなたの想いに応えさせてください」


 なるほど。


 洗脳で強制的に好意を抱かせ、アリアというニンジンを目の前にぶら下げて、馬車馬のように働かせる。死ぬまで。それが『聖女と勇者』。エグいが上手な戦略だ。


 心の底から残念そうな表情を作る。


「困らせてすまない……。頭を冷やしてくる」

「ひとつ。お願いが」

「ん?」

「あの。お願いなんですが」

「うん」


 黙っている。言いづらそうだ。なんだ? 視線と表情で、ゆっくりでいいから言うようにうながす。


 モジモジとしているアリアとやっと目が合う。すこし潤んだ瞳。きれいな青。頬はすこし赤い。整った顔。本当に顔だけなら1番好みなんだが。




「他の人とするとき、私のことを想ってして?」




────背中がゾクゾクした。甘いしびれが走る。




 よくわからない感情がわいてくる。言葉が出ない。じっと見つめ合う。気付けば肩に右手をかけていた。背筋に甘い快楽の電流が何度も走る。


 洗脳が深まったのか。もうどうでもよかった。いまの俺はどうかしている。






 貴族を害するな。魔王を殺せ。アリアに従え。アリアを愛せ。


 その4つが俺の脳に埋め込まれた鎖だ。たぶん。


 なんとかレジストする。してみせる。アリアへの憎悪を燃料にして。


 俺が異世界に持ちこめたのはこの身ひとつだけだ。すべて失った。何ひとつ残ってない。


 家族にも会えず、恋人も裏切った。


 名前も奪われたようなもんだ。偽名のせいか洗脳を自覚できている。


 魔法で心は読めるのか? 相互読心魔法があるくらいだ、一方通行も可能だろう。こわくて思いうかべることもできない。


 すべてアリアのせいだ。俺はアリアを許さない。殺す。絶対に殺してやる。


 昨日はいい話を聞いた。聖女は処女でなければ力を失う。そんなことを言っていた。そうだ。洗脳を解いていつか押し倒してやる。


 先程、音を押し殺しながらアリアが部屋に入ってきた。洗脳の魔法をかけ直すつもりか? 俺の枕元に立った。こういうのは機先を制するべきだ。


「おはようアリア! どうした?」

「えっ? いいえ。寝顔を見にきただけで」

「はずかしいからやめてくれ」


 アリアが驚いている。間抜けなツラだ。朝から気分がいい。頭の痛みが少ない。笑顔も簡単に作れた。


 部屋はうす暗い。窓の外へ耳を向ける。雨が降っている。


「やまないかもしれませんね。森へ行けないかも知れません」

「今日は剣でも振ってるよ」


 アリアが帰ったらゆっくり二度寝するが。

 不意に俺の手に触れてきた。な、なんだ?


「昨夜は1人だったんですね」


 言葉に詰まる。死を覚悟したような表情で少女が部屋で待っていたよ。俺は死神か。追い出したが、アリアに昨夜言われたことを思い出す。


──他の人とするとき、私のことを想ってして?


 アリアの指の感触を強く意識してしまう。指のあたたかさに集中してしまう。無意識に手を握ろうとしている自分に気づき愕然とする。俺は今なにをしようとした?


 演技だ。そのはずだ。本気になるはずがない。


「お、俺は」


 どもった。頭が働かない。先の言葉が出なかった。


 かすかに笑みを浮かべ、こちらをじっと見るアリアの青い瞳から目が離せない。


「ガマンできない? ごめんね?」


 ゴクリと喉を鳴らしてしまう。大きな胸を凝視して股間を熱くしていた。その後、なに話したか覚えてない。アリアの指の感触しか頭に入ってこなかった。







 剣を振る。速く。より速く。


 蟻の首を斬り落とし、返す刃で蟻の頭を叩き割るイメージ。


 剣を抜き取り次へ。その次へ。


 最初は重かった剣が、いまでは不思議と軽かった。片手でたやすく振り回せる。


 次。人の頭の高さを目がけて素振りをする。


 魔族の多くは人型だそうだ。大きさは色々らしいが……。


 目の前には剣を振る自分。鏡に映っている。自室に1人でいる。


 誰にも会いたくなかった。心の仮面にひびが入っている自覚があった。アリアにまた会う前に、仮面を付け直さなければならない。


 いや、誰にもじゃないな。


 エミに会ってバカ話がしたかった。

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