エミ攻略編2 アリアの懐柔

「こちらをどうぞ」

「うん?」


 屋敷から出たところでアリアに剣を渡された。皮の鞘からすこし抜いてみる。片刃か。それほど長くはない。


「星のかけらで作られた剣です」

「隕石ってことか? よくわからないがすごいな」

「祖父が国王陛下からたまわったものです」

「めちゃめちゃ貴重じゃん。使いづら」

「いいんです」


 アリアはおだやかに微笑んだ。


 星くずの剣か、攻撃力6しかなさそう。隕鉄はしょせんは純鉄。鋼じゃない。


「柄はなにかのキバ?」

「ツノですね。馬の」


 馬? この世界にはユニコーンがいるのか。飼ってんのか野生なのかも知らないし、このツノの価値がわからないが。


 するとこの剣、ユニコーン流星剣? 語呂悪いな。ペガサスにツノはない。


「いい剣だな」


 適当なことを言って剣を抜き、まじまじと鑑賞してみる。


 なんとも美しい剣だった。


 笹の葉のようなシンメトリーなシルエット。鏡のような刀身にうっすらとマーブル模様が浮かんでいるのもきれいだ。色や形などのすべての要素が調和している。


 これは貴重な芸術品だ。俺みたいな素人でもわかる。


「宝剣だ。家宝なんじゃないか」

「だからこそ貴方に」


 春空のような青の瞳がこちらを向いている。アリアへの殺意は消えないが、なんだか落ち着かない気分になる。


「魔王殺すのに必要なら使い捨てるぞ」

「貴方のためになるなら」


 いいんです、と微笑む。アリアはただただ穏やかだった。


 かけがえのない貴重な宝剣をプレゼントされ、アリアへの好感が高まるのを自覚した。アリアの力になりたい気持ちさえ湧く。これが返報性の原理というヤツか。人は恩返ししたい生き物だ。


 もしくは一貫性の原理。フットインザドアという営業テクニックで知られる、小さな要求を受け入れると大きな要求を受け入れやすくなるという心理。試食したら買いたくなるアレだ。


 くやしい、でも恩感じちゃう! というヤツだ。武器に心が躍るのは男に産まれたら仕方がないことだが、この感情もコントロールしなければならない。アリアを殺すために。


「ありがとう」


 素直にお礼を言ってみる。返ってきたのは笑顔だった。





 昨日は断食あけということもあって粥食ったりエミと寝たりしていたが、今朝からアリアと2人での戦闘訓練がはじまる。


 素直に従うしかない。エミは家で留守番だそうだ。俺もそっちがいいよ。


 街の南の森で蟻タイプのモンスターを駆除するらしい。この世界の蟻は犬ぐらいの大きさだそうだ。キモすぎる。


 遠くから蟻の群れ。アリアは魔法を使うため集中している。あらかじめ決めたハンドサインは中距離への範囲魔法。巻き込まれないようにアリアのすぐ後ろで待機する。


「“風よ!”」


 アリアが風の刃をぶっ放す。死の嵐が群れを襲い、バラバラの体を撒き散らした。


「2匹! 来てます!」

「ああ!」


 討ち漏らしを倒すために走り出す。剣を片手に。


 細い首を狙って剣をたたきつける。ていねいに。たやすく斬れた。返す刃でもう1匹。頭を力まかせに叩き割った。


 遅れて足が欠けた蟻が3匹、こちらに向かってくる。風の魔法がかすったのか。前から順に首を切り離していく。


 あわてない。こいつらは尻に毒針があるらしい。


 すべて倒してから剣をおろして息を整えた。40cm程度のショートソードだが、常に構えていると1日もたないだろう。軽いほど高くなる釣り竿を考えれば当たり前の話だ。


 はじめての戦闘。勝てた。まったくこわくなかった。緊張もしなかった。


 洗脳で恐怖心をマヒさせられている?


 戦闘をするだけの感情のない機械に変えられたのか。俺はいったいどうなってしまっているのか。わからない。


 警戒はやめない。木から落ちてくるかもしれない。耳をすます。前と上に意識を向ける。たまに後ろも向く。


 この世界で最もポピュラーなモンスターは蟻だそうだ。イヤすぎる。


「死体はどうするんだ? 蟻の死体をエサに蟻が増えたりされたらキリないぞ」

「私たちは回収しませんが、冒険者ギルドでは倒したモンスターを買い取っていますよ。蟻の死体なんて使い道がないのでまとめて燃やすだけですが」


 あるんだな、冒険者ギルド。


 死体を買い取ることで周辺のモンスターのエサを減らす仕組みか。すこし面白い。


 資金の出どころが税金なら、貴族のアリアが換金するのもちょっと変な話か。


「ここは街に近いのでルーキーがすぐ回収しますよ」

「ルーキーはハイエナで稼ぐのか。それも面白いな」

「ハイエナ?」

「俺がいた世界のモンスター」


 モンスターじゃないけど、敵として描かれる作品が多いよな。ライオンキングとか。


 アリアがじっと俺を見ている。続きを聞きたそうだった。


「草原の残飯処理屋で、ヤツらは獲物を骨の髄までしゃぶりつくすんだ。というか骨を砕いて髄を食う」

「おそろしいですね」

「群れると強くて、他のモンスターが狩った獲物を横取りすることもある」

「ひどいです!」

「そんなイメージがあるから、誰かの横取りすることをハイエナって言ってた。スラングだけど」

「こちらだと蟻が近いかもしれませんね。スラングはわかりませんが」

「アリアはお嬢様だからな」

「いえそんな。ふふっ」


 気付けば笑いあっていた。楽しかった。アリアとの会話を楽しんでいる自分に絶望する。ダサすぎて吐きそうだ。たった9日で誘拐犯に懐くなんて。ストックホルム症候群かよ。


 もう怒りが薄れているのか? 情けなくて泣きそうだった。


「倒したモンスターを回収するのも街を守るために大切です。ルーキーはハイエナじゃないですよ」

「たしかに。例えが悪かったよ」


 アリアのことを考えてはダメだ。思考を逸らす。ぐちゃぐちゃの感情のまま言葉を搾り出した。


「冒険者の小遣い稼ぎか。邪魔しちゃ悪いし回収はやめよう」


 冒険者を養うために蟻が必要なら、ギルドは巣を破壊したくないだろう。蟻が増えても喜ぶだけで、冒険者から報告があっても握り潰す。


 回収した死体だって、使い道がなければエサとして撒く。燃料の無駄だからだ。


 そして蟻は増え、スタンピード。起きるかもしれない土壌がある。兵のトップの貴族と冒険者ギルドは同じ方を向いていないかもしれない。


 蟻の穴からつつみも崩れるというが、俺には関係がない。アリアの街の暗い未来を想像して、なんとか心のバランスを保った。

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