地下室編2 召喚3日目

「ねえ、おもしろい話して」


 雑すぎるフリktkr(・∀・)


 エミ、またかよ。


 エミは掛け布団がわりのシーツにくるまって、眠そうに目をこすっている。眠いなら寝ろよと言いかけたが、ヒマつぶしにテキトーなおとぎ話でもしてやることにした。俺は女に優しいんだよ。


「むかしむかし、あるところに、ひとりの王様がいました」

「おうさま」

「王様には民のために涙するやさしさがありました。将来を見通す知恵もありました。体は大きく力も強く、剣の腕も国1番でした。『賢王けんおう』と、民も臣下も王様をたたえていました」

「すご」


 シーツから肩まででてきたが、目は眠そうだ。寝てくれ。適当に続きを考えながら話す。


「そんなふうに完璧な男に見えた賢王でしたが、弱点が1つありました」

「えー、なんだろ」

「女です」

「えっちなんだ」


 照れた言い方が可愛くて微妙な気分になった。俺たち出会って即えっちしてえっちし続けてるんだぞ。照れてんじゃねえ!


「そうです。えっちしたことないけどえっちでした。ある日、キツネのモンスターが美女に化けて賢王に近付きました。即えっちしました。えっちした次の日から操られました」

「キツネ?」

「元いた世界のモンスター。誰にでも変身できる」

「こわっ」


 もそもそとシーツへもぐっていった。適当に話しはじめたが、知ってる作品につなげることを思いついた。このひらめき、キンキンに冴えてやがるぜ。悪魔的だ……!


「賢王は変わりました。キツネ女の操り人形です。酒で池を作り、肉を林のように積みあげ、女たちをはべらせて贅沢な宴ばかりしていました」

「かわりすぎー」


 酒池肉林、私の好きな言葉です。


「賢王のいるところには、常にキツネ女がいます。民には重税を課し、大小さまざまなモンスターを飼い始めました。滞納者たちがモンスターのエサになりました。諫言かんげんした臣下がモンスターのエサになりました。キツネ女を追い出そうとした臣下がモンスターのエサとなりました。誰も何も言えなくなりました。もう賢王と讃える者はいません。いつしか、魔王と呼ばれるようになりました」

「わるいこ!」


 手足をぱたぱた振ってなんか言ってる。関係ないけど、はだかの女のうつ伏せを横から見るのが好きなんだ。俺の賢王も闇堕ちしそう。


「魔王はモンスターのエサにする蠆盆たいぼんの刑を好みましたが、他にも残虐な刑を次々と思いつきました。熱く煮えたぎる大鍋で罪人を釜茹でにする烹煮ほうしゃの刑では、煮殺にころされるときの絶叫と苦悶の表情をながめながら酒池肉林のえっちな宴をし、ぐずぐずに煮込まれたその肉のスープをメインディッシュにしました」

「ひっ」

「丸太を渡り切れば無罪放免という炮烙ほうらくの刑で100人の罪人が集められました。下は火の海、丸太は銅製で細く、ゴールは遠くて見えません。魔王は酒池肉林のえっちな宴をしながら、すべり落ちて炎に焼かれ死ぬ罪人たちを見て笑いました」

「ひぃ」

「ある罪人が魔王をののしりました。

『魔王はウソつきだ。丸太はふつう木じゃないか』

魔王は笑顔で言いました。

『よく申した。木の丸太を持ってこい』

短くて太い丸太なら生き残れる、と罪人が喜んだのも束の間、丸太に縛りつけられて火の海に転げ落とされました。これを見ていた罪人たちは絶望して、銅の丸太に両手両足でしがみついて渡りはじめましたが、丸太は徐々に熱くなります」


 息継ぎ。


「耐え切って進むことができた罪人が1人いました。あと数歩ですが、ゴール近くでまさかのぬるぬる! 姑息に塗られた油で滑り落ちました。そして誰も残りませんでした。あとには肉の焼けるにおいだけ……」


 目元に涙が数粒。無垢な少女の涙に、罪悪感と下卑た快感を覚えた。Sっ気はないんだけどなー俺。


「なぜこんなことになってしまったんでしょう。実は、賢王の国を滅ぼすため、魔神の国がキツネ女を刺客として送りこんだのです」

「ゆるせないっ」

「神の国の王は、賢王の国を救うために勇者を召喚しました」

「勇者っ!」


 闇の中で爛々と光る紅い瞳。なんて目で俺を見やがる。夕日のような眼差し。その熱量にカッと頬が熱くなる。物語の勇者だ、俺じゃない。


「神の国は崑崙山こんろんさん、魔神の国は金鰲島きんごんとう、賢王の国はいんといいます。勇者は崑崙山の王から打神鞭だしんべんという武器を授かりました。さらに、四不象すーぷーしゃんという空飛ぶ幻獣を授かりました。勇者は殷の民を救うために旅立ちました」

「勇者がんばれっ」


 湧きあがる熱いモノを鋼鉄の意志で無視する。俺は関係ない。自分に言い聞かせた。無垢な期待が1番怖い。


「勇者はまだ召喚されたばかり。強くはありません。打神鞭は神をも討つ鞭ですが、神格を持たない相手には効果がありません。四不象も人語を解し、人を乗せて飛べるだけ。戦えません。勇者は言いました。

『私は弱い。だから仲間を集めよう』

『ご主人。まずは誰から誘いますか?』

『小さな魚はいくら集めても大きい魚に食われるだけだ。1番大きい魚を狙うぞ』」

「すごいわくわくする」

「すごいわくわくしてるとこ悪いが、続きはまた今度な」

「え、えー! うそでしょ!?」

「うそじゃない」

「やだ、1番いいところなのにっ!」

「いや、あと10話はあるけ」

「うそ、たのしみ!」


 期待に輝く真紅の瞳。やっちまった。

 俺はこの暗闇の中で、たった1人のために『封神演義ほうしんえんぎ』(超訳@俺)の口伝をするはめになり、おのれの羽のように軽い口を後悔することになった。






「ねえ、おもしろい話して」


 いつもの雑すぎるフリではない。「続きはよ」の意味である。仕方ないか。封神演義はおもしろいからな。最初に触れるのがフジリュー版じゃないのが申し訳ない。まさかオレノウロオボエ版とは。超絶エタりそう。


 太公望、四不象、哪吒、楊戩、元始天尊、申公豹、聞仲、妲己といった魅力的なキャラクターたち。ふしぎな宝貝の数々。最高の物語だ。


 問題は1つ。俺の記憶力がショボいことだ。哪吒の師匠も出てこない。あの、乙なんとか。宝貝もなんだっけ。火龍?九頭竜籠?とか。リアタイじゃないからなー。


 他に魔王的なのが出る昔話にすりゃよかったけど、桃太郎しか思いつかねー。ん?


 とんでもない事実に気づいた。封神演義と桃太郎、ほぼ同じでは?


 楊戩は犬だな、袖から哮天犬でてくるし。哪吒はぜったい猿、バカだし。四不象がキジでいいや、飛ぶし。原始天尊と竜吉公主がおじいさんおばあさんな。妲己と聞仲と申公豹が鬼たちで、女媧が鬼のボスでどうだ。ギリいけそう。登場人物を桃太郎なみに減らす!


 てことで、それぞれ仲間になる話、敵に負ける話、仲間を増やして負けた敵に勝つ話を全10話でひねり出した。3日かかったよ。桃太郎よりおもしろくなったと思う。エミは大喜びだった。その後も盛り上がった。めちゃめちゃ盛り上がったよ。

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