第46話 最上のすがた

「五弟、おまえは馬鹿か? こんな小さな体で、人間とおなじ速度で歩けるわけがなかろうが」


 すると、弟分の三匹も「そうだ、そうだ。兄貴のいうとおり! 歩幅を考えろ!」と、朱浩宇を馬鹿にする。

 小さいとはいえ数の力に圧倒されそうになった朱浩宇だったが、彼は負けじと言いかえした。


「李先輩みたいな大妖怪なら、人に化けるのも楽勝ですよね? 人間に化けて、自分で歩くほうが気兼ねがなくていいのでは?」


 わざとうやうやしい態度をとって、朱浩宇はたずねる。


『千年ちかく修行をし、わたしは人間に変じる術を習得した』


 李桃の答えを待つ間、李桃自身が言った言葉を朱浩宇は思いだしていた。

 しかし、大して待つ間もなく、朱浩宇に応じて李桃が話しだす。


「五弟。おまえは、わたしを『李先輩』ではなく『李の兄貴』と呼べ!」


 朱浩宇の質問の答えより、李桃のなかで重要だったのだろう。彼はまず、呼び方に釘をさした。


 ――本気か? もしかして一生、わたしはモモンガを兄貴と呼びつづけるのか?


 朱浩宇は、モモンガに教えをこうのすら恥ずかしいと思っている。であるのに、モモンガを『兄』と呼ばなければならないなんて、彼には屈辱すぎた。

 朱浩宇が自分の境遇を不幸がっていると、ようやく李桃が朱浩宇の問いに答える。


「なれるが、なりたいとは思わん」


 人間に化けるのを李桃はきっぱりと拒否した。

 朱浩宇と一緒に話を聞いていた夏子墨が「なぜですか?」と李桃にたずねる。


「このすがたが最上だからだ」


 迷う様子もなく、李桃は夏子墨に答えた。


「小動物のすがたが最上?」


 不幸がっていた朱浩宇も驚いて問いかえす。そして、彼は「ほんとうは化けられないんじゃないですか?」と疑いの言葉を口にし、鼻で笑った。

 しかし、李桃は「ふん!」と朱浩宇を鼻で笑いかえして答える。


「男でも女でも、とびきりの美人になれるわいッ!」


 李桃は自信満々に言った。

 朱浩宇はまた「美人に?」と問いかえし、さらに強気に主張する。


「なら、ぜったいモモンガより美人になるべきだ!」


 すると李桃はせせら笑った。


「五弟。おまえという小童は、ほんとうに浅はかだな」


 言いながら、李桃は首をふる。


 ――浅はか?


 意味が分からない朱浩宇は、思わず一緒に話を聞いていた夏子墨に目をむける。

 夏子墨も分からなかったらしい。彼は黙って朱浩宇を見かえした。

 朱浩宇と夏子墨の様子を見て、自分の意図が通じていないと察したらしい。李桃が「いいか」とつづけ、話しだす。


「わたしが絶世の美青年に変身したとする」


 朱浩宇と夏子墨は、無言でうなずく。


「すると人間の女たちは、ちやほやしてくれるだろう」


 ――まあ。そうなるよな。


 朱浩宇は納得した。

 しかし李桃は「だが」とつづけ、朱浩宇の頭をぺちぺちと叩きながら言う。


「五弟。おまえみたいな嫉妬深い男からは、かならず憎まれる」


 李桃の言葉を聞いて、夏子墨が「ああ。たしかに」と深くうなずきながら朱浩宇を見た。


「……」


 心当たりがなくもない朱浩宇には、かえす言葉もない。よって、夏子墨を睨みつけるにとどめた。

 李桃は「今度は、わたしが絶世の美女に変身したとする」と言い、たとえ話をつづける。


「もう想像がつくだろうが、今度は男たちを夢中にさせるだろう。そうなれば、女たちからやっかまれるはずだ」


 言い終えた李桃は、すこし間をおき「男になろうと、女になろうと、いらぬやっかみを買うわけだ」と口にした。そして一段声を高くすると、たとえ話をさらにつづける。


「だが、モモンガならどうだ? 女たちは歓声をあげ、男たちも小動物に敵対心など燃やさん」


 誇らしく主張した李桃は、また朱浩宇の頭をぺちぺちと叩き高らかに訴えた。


「どうだ? モモンガが、最上であるとわかったか!」


 すると、李桃の言葉が夏子墨にはもっともらしく聞こえたらしい。彼は「なるほど、そうですね!」などと言って、何度もうなずいている。

 しかし、夏子墨ほど納得しきれなかった朱浩宇は、だんまりをきめこんだ。


 ――分からなくもないが……恨まれるほど、ちやほやされてみたい。


 俗っぽい本心が、朱浩宇の頭をよぎったときだ。李桃が結論を口にした。


「よって、五弟よ。おまえは文句を言わずに、われらを運ぶしかないのだ!」


 李桃の言葉を聞いた弟分モモンガたちは「そうだ、そうだ」とか「五弟は文句を言わずに歩け!」とか、また兄貴分の李桃に加勢する。

 えらそうな態度のモモンガたちに、朱浩宇が言いかえしてやろうとしたときだった。


「師姐!」


 姚春燕に呼びかけながら、周燈実が走りよってきた。


「師弟。いまは、文字の練習の時間ではないの?」


 足に抱きついてくる周燈実をやさしく受けとめつつ、姚春燕は弟弟子にたずねる。


「モモンガさんたちに会いたいって師父にお願いしたら、時間を変えてくれたの」


 姚春燕に抱きついた周燈実は彼女を見あげ、うれしそうに答えた。

 姚春燕の足をかかえこんで、周燈実はひとしきり彼女に甘える。それから姉弟子に抱きついたまま、彼はモモンガたちにあいさつした。


「モモンガさんたち、こんにちわ!」


 すると朱浩宇の頭のうえのモモンガたちが、周燈実をのぞきこんで、それぞれ顔をかがやかせる。


「これは、これは。われらの命の恩人ではないか!」


 言うやいなや、弟分モモンガ三匹が周燈実の頭や肩に飛びついた。

 モモンガたちに飛びつかれた周燈実は「キャッ」と、たのしそうな声をあげる。

 重いとは感じていなかったが、三匹もいなくなると違うらしい。まだ李桃がいるとはいえ、朱浩宇の頭は格段に軽くなった。

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