第45話 朱浩宇の望みどおり
開祖のすがた絵に朱浩宇が思いをはせていると、彼の頭のうえの李桃が姚春燕に応じて話しだす。
「姚道士。先輩などやめてくれ。李桃と呼んでくれればいい」
言いながら、李桃は首をふった。
しかし、姚春燕も首をふり「そうはいきません。李先輩は、わたしの大先輩ですから」と、応じようとしない。
――それにしても、李は『すもも』だし、桃は『もも』だし……
「李と桃。桃ばっかりだ」
李桃と姚春燕の話を聞くうち、考えた言葉が思わず朱浩宇の口をついてでる。
すると朱浩宇の頭のうえで、李桃が「いい名だろう」と自慢げに言って、話しだした。
「桃が好物のわたしに、王泰然がつけてくれた名だ!」
言い終わるやいなや、李桃はうっとりとした表情になると「みずみずしくて甘い桃に、わたしは目がないのだ」とつづける。
――こいつの好物を知ってるのに、開祖は……
「桃好きと知っている友人への贈り物が、生肉みたいな石って……どういう神経をしてるんだ?」
朱浩宇は、また思ったままを口にしてしまった。肉形石の持ち主がモモンガだと分かって以来、なんだかおかしな取り合わせだと、朱浩宇はずっと思っていたのだ。
――モモンガって、雑食だっけ? 動物も食べるって言っても、せいぜい虫だろ?
モモンガの生態に朱浩宇が思いをめぐらせていると、夏子墨が口をひらく。
「遊び心を感じますね」
のんびりした口調で、夏子墨は贈り物の選定をほめた。
すると、姚春燕も「そうね。実に仙人らしいわ」と、たのしそうに笑う。
「姚道士も、きれいなお兄さんも、そう思うか? とても王泰然らしい贈り物だと思って、わたしもあの石を気にいっているのだ」
「……」
和気あいあいと話をする李桃、姚春燕、夏子墨の三人に冷めた視線をおくりながら、朱浩宇は閉口した。彼が黙って三人のやり取りを見ていると、頭のうえから別の声が降ってくる。
「なんだ? 五弟は、ついていけないって顔をしてるぞ」と次男モモンガ。
「仙になろうなんてのは、頭のねじが何本か飛んでる方たちばかりだぞ」
次男モモンガの発言をうけて、三男モモンガも持論を展開した。
最後に、四男モモンガが「五弟よ」と呼びかけ、兄たちにつづいて発言する。
「おまえ、弟子いりする仕事をまちがえたんじゃないか?」
「……」
――そうかもしれない。
四男モモンガの言いぶんに一理あると感じた朱浩宇は、なんだか将来が不安になってきた。
そんな時だ。
「きゃあ」
若い女の歓声が耳にとどき、朱浩宇はなんとなく声のするほうへ目をむける。彼が目をむけたさきにいるのは、数人の女弟子たちだ。
女弟子たちは「わあ! こっちをむいたわよ」などと言い、さきほどより大きな歓声をあげた。しかも、彼女たちの視線のさきを追うと、注目されているのは夏子墨ではなく朱浩宇だと分かる。
「……」
女弟子たちが見ているのは自分だと分かったが、朱浩宇は彼女たちに反応をしめさなかった。彼はなんの感慨もない様子で視線を進行方向へむけなおす。すると、今度は前方から男弟子たちがやって来るのが見えた。
普段の男弟子たちなら、姚春燕にたいして会釈をするだけだ。であるのに今日の彼らは、朱浩宇たちを視界にいれると大急ぎで道のはしに体をよせ、拱手の礼をとる。しかも姚春燕だけでなく、彼女のうしろを歩く朱浩宇が通りすぎるまで、彼らは頭をさげつづけた。
「……」
朱浩宇が通りすぎたあとも、しばらく男弟子たちはうやうやしい態度をやめない。
しかし、女弟子たちのときと同様。男弟子たちにも、朱浩宇はなんの反応もしめさなかった。
それは名声のために幽霊をひとりで退治したがり、女弟子にちやほやされる夏子墨に嫉妬していた朱浩宇の態度としては、かなり異様だ。
まわりの反応に無関心な朱浩宇を見た夏子墨は、歩調をゆるめる。わざわざ後ろを歩く朱浩宇にちかづくと、彼は弟弟子に話しかけた。
「朱師弟。よかったね」
夏子墨の短い言葉を聞いて、無表情だった朱浩宇の顔はみるみる険しい表情にかわる。しかし、彼は無言をつらぬいた。
朱浩宇の態度を気にせず、夏子墨は明るい声でたたみかける。
「男弟子たちにはうやまわれ、女弟子たちからは歓声があがっている。朱師弟の望みどおりだ!」
すると、ようやく朱浩宇は夏子墨をじろりと見た。そして彼は「おまえ、分かってて言ってるだろう?」と不愉快そうに口にし、夏子墨にむかって眉をよせる。
朱浩宇の名声があがって注目を浴びているならば夏子墨の言葉どおり、彼は有頂天になっただろう。しかし、現実はちがう。女弟子からの歓声や、男弟子からの敬意が朱浩宇にむいているのには、べつの理由があるのだ。
――みんながわたしに注目している理由は……
朱浩宇自身は見れないが、彼は頭のうえに意識を集中する。すると、普段より頭が少し重く感じた。それは、四匹のモモンガが朱浩宇の頭のうえでひしめきあっているからだ。
ようするに、はたから見ると朱浩宇が注目されているらしく見えるが、実際に注目されているのはモモンガたちなのだった。
女弟子たちは小さくてまん丸な小動物の愛らしさに歓声をあげ、男弟子たちは開祖の友に敬意をはらっているわけだ。そして、歓声と敬意を集めるモモンガたちをつれた朱浩宇までも、注目を集めているらしく見えるだけなのだった。
「わたしがほしいのは、こういう注目じゃない!」
そろそろ我慢の限界だった朱浩宇は、腹をたてながら声高に叫んだ。そして「こんな目立ち方、なんの意味もない」とつづけると、頭のうえにいるモモンガたちに怒りをぶつける。
「おまえら。わたしの頭から降りて、自分で歩け!」
しかし、モモンガたちがおとなしくしたがうわけもなく、李桃が頭のうえで朱浩宇に反論した。
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