第44話 五弟

 朱浩宇だけでなく、姚春燕と夏子墨も李桃の変化に気づき、ふたりで顔を見あわせている。

 すこしの静寂のあと。李桃はようやく口をひらき、叫んだ。


「めちゃくちゃ普通の人間だッ!」


 ――は?


 李桃は今になって朱浩宇をまじまじと見た。そして、彼の見たてを口にする。


「仙相はもっているが、霊力は未熟」


 李桃が言うやいなや、次男モモンガが「兄貴!」と呼びかけ、兄貴分の話にわりこむ。わりこんだ次男モモンガは、朱浩宇も気づかぬうちに彼の肩のうえに乗り、ぴょんぴょんと跳ねながら話しだした。


「小童の未熟っぷりは、われらも保証します!」


 すると、三男モモンガと四男モモンガが朱浩宇の頭のうえから顔をだす。そして、二匹も口々に言いたてた。


「法器もまともにあやつれないのです!」


「そうです、そうです! 小童は死にかけた魚みたいにしか剣をあやつれませんでした!」


 言い終わるやいなや、四男モモンガは朱浩宇の頭のうえでころがり、ぴちぴちと小さく跳ねてみせた。どうやら、朱浩宇のあやつった剣の真似をしているらしい。

 四男モモンガの実演を見て、ほかの弟分モモンガたちは大笑いした。


「なるほど! これは、教え甲斐がありそうだ!」


 李桃にも四男モモンガの実演は大うけだった。彼もころげまわって大笑いしている。


 ――ば、馬鹿にしやがって!


 モモンガたちに笑われて、朱浩宇は怒りのあまりぶるぶるとふるえた。しかし、モモンガたちの話にまちがったところはなく、恥辱にたえるしかない。


「姚道士。どうかな? この小童に修行をつけてもいいか?」


 ひとしきり笑い終え、李桃が朱浩宇の師匠である姚春燕にうかがいをたてた。

 すると姚春燕は考える様子もなく、すぐにうなずいて応じる。


「本人にやる気があるなら、かまいません」


 了承する姚春燕は、なんだかうれしそうだ。


 ――仕事が減って、幸運だとでも言いたげな表情だな。


 笑われまくり、気もちが沈んでいる朱浩宇は、姚春燕に冷ややかな視線をおくった。

 すると、李桃が「だそうだが、どうする? 小童」と、朱浩宇に意向をたずねる。


 ――いい話のはずなのに、なぜだろう。ひどく屈辱的な気がする。でも、開祖もおこなっていた修行法を知れるなら……


 凡人と笑われ、朱浩宇の自尊心はひどく傷ついていた。しかし彼は、屈辱をのみこみ、利益を得る決断をする。


「よ、よろしくお願いします」


 朱浩宇はもう一度、拱手の礼で李桃に頭をさげた。


「うむ、いいだろう。しっかり修行にはげむのだぞ」


 周燈実の頭のうえで李桃が胸をはり、朱浩宇に威厳をみせつける。


 ――モモンガのくせに、えらそうにしやがって! 修行が明けたあかつきには、ひと泡ふかせてやるッ!


 このさきの未来でのしかえしを朱浩宇は心にきめた。そして、誓いを胸にした彼は、李桃にたいして悪態をつくのをなんとか我慢したのだった。


 ◆


 こうして、今度こそ問題をすべて解決した四人は、門派の拠点への帰途についた。

 朱浩宇に修行をつけてもらう約束をしたため、モモンガたちも一緒だ。


五弟ごてい!」


「おい、五弟ってば!」


 早朝の瞑想めいそうの修行にむかう朱浩宇の頭のうえで、かん高い声がした。


 ――朝っぱらから、きいきいとうるさいな。


「さわがしい! それに『五弟』とは、なんだ?」


 朱浩宇は、姚春燕と夏子墨のあとを歩きながら、頭上のモモンガたちをとがめる。

 すると、朱浩宇の頭のうえから彼をのぞきこみ、李桃が話しだした。


「おまえには、仙術の師匠である姚道士がすでにいるからな。わたしは弟分として、おまえに修行をつけるつもりなのだ。だから、ほかの弟分たちと同様に、おまえはわたしを兄貴分だと思えッ!」


 李桃が、朱浩宇に命令する。

 すると李桃の言葉をついで「いいか、五弟。李桃の兄貴が長男だ」と、次男モモンガが言った。そして彼は前足で自分の胸をたたくと、声をあげる。


「そして、わたしが次男。おまえはわたしを兄者あにじゃと呼べ!」


 次男モモンガのつぎに、三男モモンガが元気よく手をあげた。


「わたしが三男だ。さんの兄者と呼べよ!」


 最後に、四男モモンガが感極まった様子で、ぴょんぴょんと跳ねながら言う。


「そして、わたしが四男だ。弟分ができてうれしいぞ! よんの兄者と呼んでくれ!」


 それぞれに自己紹介が終わると、李桃が「朱浩宇。新しく兄弟になったおまえは、五男だ。だから……」と言い、朱浩宇を見おろした。

 ほかのモモンガたちも李桃にならって、朱浩宇を見おろす。そして、四匹のモモンガが声をそろえて叫んだ。


「おまえは、五弟だ!」


「……」


 ――なるほど。予想はしていたが……やはり五弟とは、わたしか。


 朱浩宇は、納得しつつも小さなモモンガたちに弟呼ばわりされて、うんざりした気もちになる。

 朱浩宇が黙りこんでいると、姚春燕がふりかえって李桃に声をかけた。


「李先輩たちの滞在がゆるされて、よかったです」


 いつになく晴れやかな表情の姚春燕が言う。師匠の機嫌がいいのは、もちろん無事に彼女の破門が撤回されたからだ。つまり、ありがたくも怪異さわぎをすっかり解決したと、掌門に認めてもらえたのだった。

 ちなみにだが、この破門撤回に大きな影響を与えたことがもうひとつある。それは、モモンガたちを門派に連れ帰ったことだ。

 姚春燕のいうとおりで、李桃たちモモンガは青嵐派の拠点への滞在を正式にゆるされた。しかし実際には、ゆるされたどころの話ではなかった。掌門は開祖にゆかりのあるモモンガたちの来訪を大いによろこんだのだ。そのため、いつになく掌門の機嫌が良かったのも、破門回避の大きな要因だったと、朱浩宇は考えている。


 ところで、六子山で修行していたころの開祖に妖怪の友人がいた話を、掌門も耳にする機会があったらしい。

 モモンガたちをつれて、掌門の自室をおとずれた際。書斎机のうしろの掛け軸を指さして、彼女は「この絵には、開祖とそのお友達がえがかれているのよ」と、教えてくれもした。

 そう、絵のなかの開祖の視線のさき。そこにいた小動物はリスでもネズミでもなく、モモンガだったのだ。


 ――この絵のいわれを知っていれば、もっと早く気づけた気がする。


 開祖をえがいた絵としか認識していなかった朱浩宇は、苦々しく感じた。しかし、開祖の友人関係にまで興味をもてと言われても困るとも感じ、それ以上考えるのをやめた。

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