第43話 修行者選び
仙人はかすみを食って生きるなどと、世間の人がうわさする由縁である
よって、本来ならば李桃と同様に、師匠の修行のすすみ具合にこそ驚くべきだろう。
しかし、朱浩宇はちがっていた。
――辟穀の修行も終わってるなら、酒をやめればいいのにッ!
師匠の普段の飲みっぷり、食べっぷりを思いだし、朱浩宇は心のなかで思わず悪態をつく。
朱浩宇が驚くなか「姚道士」と声をかけ、李桃は姚春燕にかたりかけた。
「残念ながら、修行も終盤のあなたには、わたしから教えるべき修行法はない。しいて助言するならば、酒は飲まないほうがいい。辟穀を終えた者には毒でしかないぞ」
――ですよね! 酒なんて、やめてしまえ!
姚春燕が酔っているせいで苦労しがちな朱浩宇は、無言のまま李桃の助言にうなずく。
しかし姚春燕は返答をはぐらかしたいのだろう。いつになく上品に「ほほ」と笑ってみせるのみだ。
「笑いごとではないぞ。酒さえやめられれば、仙への道は目前だ!」
姚春燕をたしなめ、李桃はさらにたたみかけた。
すると、ちかくにいる朱浩宇と夏子墨にしか聞こえない大きさの声で、姚春燕がつぶやく。
「それができれば、苦労はしないんですけどね」
姚春燕のかたり口から、この言葉は彼女の本音だと朱浩宇は感じた。
『酔いたくて飲んだのよ! 酒気を飛ばすなんて、もったいない! ぜったい、いやよ!』
――あのときの師父も、かなり本気で言っていたみたいだったよな。
酒を飲まずにいられないなど、朱浩宇にはまったく理解できない。しかし、師匠にとって酒を断つのは修行よりもよほど難しいのだろうとも、朱浩宇は思った。
これ以上、姚春燕に言うべき話はなかったのだろう。李桃は「つぎは」と言って、姚春燕から視線をはずした。そして、夏子墨を見る。
夏子墨も李桃の視線に気づき「李先輩。夏子墨と申します」と、彼は李桃にむかい拱手の礼で深々とお辞儀した。
拱手の礼をする夏子墨を一目見た李桃は「お兄さん。なかなかの男ぶりだな!」と絶賛すると、話しだす。
「千年ちかく修行をし、わたしは人間に変じる術を習得した。だが、お兄さんほどの男ぶりに変じるのは今でも難しいだろうな」
しみじみとかたった李桃は、小さく息をつくと「私にも、まだまだ修行の余地があるようだ」と、ひとり言を言った。そして「ではでは」とつづけると、姚春燕を見たときと同様に夏子墨を観察し、すぐさま驚きの声をあげた。
「なんとめずらしい! 仙の血筋か!」
言いながら李桃は目をほそめると、さらにかたりつづける。
「お兄さんはもともと、かぎりなく仙にちかい。まだお若いようだから、たりないのは知識と経験だろうな」
推測を口にすると、李桃は残念がってため息をつき「やはり、わたしの出る幕はないらしい。お兄さん、しっかりと勉強するといい」と告げた。
李桃の言葉に、夏子墨はたいへん恥じいった様子をみせ、ほほ笑みをかえす。そして、もう一度拱手の礼をとった。
――恥ずかしがるのは当然だ。師父の世話ばっかり焼いて、修行をおろそかにしているもんな。
兄弟子の様子に朱浩宇は納得する。
「さて、つぎは……」
言いながら、李桃の視線が朱浩宇をとらえかけた。しかし、頭のうえの李桃にむかって周燈実が「モモンガさん。ぼくは?」と問いかけたので、李桃の視線は周燈実にむく。
「弟分たちを助けてくれた子だな。名前は……」と李桃。
周燈実は「燈燈だよ!」と元気よく答える。
李桃は声をやわらかくして「そうか、燈燈か。では、つぎは燈燈だな」と応じた。しかし、姚春燕や夏子墨のときと同様の全身をくまなく見るたぐいの観察はしなかった。周燈実の頭のうえから、李桃は彼をのぞきこんで言う。
「仙になる資質を充分にそなえている! それに、生まれもった徳がすこぶる高い!」
李桃はきっぱりと口にした。しかし、今回も残念そうにして「とはいえ」とつづけた。
「わたしの教える修行を実践するには、おさなすぎるな。燈燈には、そのうちに別のかたちで報いよう。いいかな?」
周燈実の顔をのぞきこみながら、李桃がたずねる。
すると、周燈実はとくに残念がりもせず「うん!」と元気に了承した。
むしろ、残念がったのは李桃だ。
「まいったな。いい恩がえしだと思ったのだが……」
困り果てた様子の李桃が、言いながら朱浩宇に目をやる。すると、彼の目に不愉快そうな色がうかんだ。
――弟分を人質にとったりしたから、このモモンガは怒っているにちがいない。
李桃の目を見て、朱浩宇には想像がついた。しかも朱浩宇のほうも、李桃の弟分たちにさんざん馬鹿にされ、李桃にもあまりいい感情はない。しかし、このモモンガが大先輩であるのは紛れもない事実だ。よって、しぶしぶではあるが李桃に対して朱浩宇は拱手の礼で礼儀をつくした。
――気にくわない相手だけど、場合によっては青嵐派の重鎮だもんな。 むかっ腹がたつけど、しかたないか……
「しゅ、朱浩宇です。李先輩」
深々と頭をさげ、朱浩宇は嫌々ながら李桃にあいさつした。
頭をさげる朱浩宇に、李桃は不信感を隠さない。彼は低い声で「ふむ。では見てみよう」と、明らかに気の乗らない態度をしめした。そして、朱浩宇を眺めようとする。しかし、実際には眺める間もなかった。李桃は驚いた様子で目を見ひらく。
「?」
――な、なんだ?
李桃の雰囲気が一変したのを感じ、朱浩宇は緊張した。
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