第十章 人間万事塞翁が馬

第47話 師伯とその弟子たち、再び

 周燈実と弟分モモンガたちは、きゃっきゃと楽しそうにたわむれだす。


 ――平和だな。つい最近、このモモンガたちと戦ったばかりだなんて思えない。そうさ、あまりにも平和的な決着だった。


 考えをめぐらすうち、朱浩宇は違和感をおぼえた。


 仙にもちかい力をもつ大妖怪と、朱浩宇たちは険悪なかたちで出くわした。それなのに、けが人もださず、村も無事。おかげで姚春燕は破門にならずにすんだ。なにもかもを無難にやりすごせたのは、幸運がすぎると彼は感じた。


 ――まさか……


 朱浩宇は、モモンガたちとたわむれる周燈実を見つめた。そして、近ごろの周燈実の行動を思いおこす。


 ――燈燈は幽霊さわぎをおこした肉形石をみつけた。それに、わたしたちとモモンガたちが戦いをやめたのは、燈燈が肉形石を手にあらわれたからだ。


 周燈実と事件をむすびつけて考えた朱浩宇は、心のなかで驚嘆した。


 ――ぜんぶ、燈燈の生まれもつ徳のおかげだっていうのか?


 自分の考えであるにもかかわらず、朱浩宇は信じきれない。周燈実とモモンガたちの様子を、彼は呆然と見つめつづけるばかりだ。しかし、呆ける彼の耳にほがらかな男性の声がとどき、朱浩宇はわれにかえった。


よう師妹しめい


 姚春燕に呼びかけたのは、にこにこと扇をふりながら歩いてくるそう秀英しゅうえいだ。彼は、あいかわらず親しみやすい笑顔をうかべている。

 宋秀英の背後には、例にもれず今日も花琳かりんりん沐辰ぼくしんが付きしたがっていた。


 ――師姐ししゃ


 にくからず思っている伍花琳の存在に、朱浩宇が気づく。すると、周燈実の徳に関する考えは、彼の頭から完全にふっ飛んでしまった。胸をおどらせた彼は、伍花琳に注目する。


 朱浩宇が注目していると、伍花琳が宋秀英の背後から抜けでてきた。そわそわと気がはやる様子で、彼女は朱浩宇たちのところへ駆けてくる。そして、周燈実の頭や肩を駆けまわる弟分モモンガたちを見ると「とっても可愛い!」と、ほおを赤らめ歓声をあげた。


「こんな可愛いモモンガたちが、六子山のふもとをさわがせた化け物だったなんて」


 伍花琳は信じられないと言いたげな表情をする。ひとしきりモモンガたちをながめ、周燈実に目をむけた彼女は「周師淑、紹介してくださいますか?」と丁寧にたのんだ。


「うん、いいよ!」


 周燈実は元気よく伍花琳にうなずいてみせ、まずは朱浩宇の頭のうえを指さした。


「朱のお兄ちゃんの頭のうえにいるのが、一番年上のお兄ちゃんで、李桃さん」


 つぎに周燈実は腕をひろげて伍花琳に自分自身を見せると、弟分モモンガたちを紹介した。


「このモモンガさんたちは、李桃さんの弟なんだよ」


 そして、弟分モモンガたちを見まわし「モモンガさんたち、伍のお姉ちゃんだよ」と、今度は彼らに伍花琳を紹介した。

 周燈実からの紹介が終わると、次男モモンガが率先して伍花琳にあいさつする。


「これは、これは。伍のお嬢さん。お初にお目にかかります」


 モモンガから人間の言葉であいさつされた伍花琳は、目を丸くした。そして、すぐに表情をほころばせると「こんにちは」とあいさつをかえし、彼女は感嘆の声をあげる。


「すごいわ! 人間の言葉もしゃべれるんですね」


 伍花琳からの称賛に気をよくしたらしい。次男モモンガは「もちろん!」と胸をはり、応じる。


「われらは百年以上仙道の修行をしておりますからね。造作もありませんよ」


 可愛らしい女の子の前だからだろう。いつになく格好をつけて次男モモンガが言う。すると、弟モモンガたちも次男モモンガの真似をし、ほこらしげに胸をはった。

 モモンガたちが人間らしい言動をするのが、よほど気にいったらしい。伍花琳は飛びあがらんばかりによろこんだ。彼女は周燈実をまじえ、モモンガたちとたのしそうに会話をつづけている。


 ――小動物や子供とたわむれる師姐、絵になるな。


 たのしそうに笑う伍花琳を、朱浩宇はうっとりとながめた。しかし、師伯である宋秀英が自分にちかづいてくるのが、朱浩宇の目にうつる。彼は、われにかえって宋秀英に目をむけた。

 宋秀英がゆっくりと朱浩宇に近づいてくる。そして朱浩宇にむきあうと、彼はうやうやしく拱手の礼をとった。

 師伯が自分にむかって拱手するのを見て、朱浩宇は大いに慌てる。しかし、宋秀英のつぎの言葉で現状に納得した。


「宋秀英。李先輩に、ごあいさついたします」


 朱浩宇の頭のうえにいる李桃にたいし、深々と頭をさげながら宋秀英が言う。

 宋秀英が李桃に礼をつくしていると、朱浩宇も頭では分かってはいた。しかし、はたから見れば師伯が自分に頭をさげているらしく見え、彼は落ちつかない気もちになる。

 ひとしきり拱手の礼をとった宋秀英が頭をあげ、今度は姚春燕に話しかける。


「まさか六子山の化け物の件を、よう師妹しめいたちが解決してくれるとは」


 言いながら、宋秀英はほほ笑んだ。

 すると、姚春燕は軽く首をふる。


「たまたまです。妓女の幽霊と空を舞う化け物に関係があるなんて、わたしも思いもしませんでしたよ」


 言って、姚春燕は兄弟子に肩をすくめてみせた。

 妹弟子の言葉に宋秀英は首をふり「だとしても、たすかったよ」とつづける。そして、また軽く李桃にむけて拱手すると話しだした。


「大妖怪である李先輩に、弟子たちだけで敵うはずもないからね」


「ふふん」


 宋秀英に能力を高く評価され、満更でもないのだろう。朱浩宇の頭のうえで、李桃が自慢げに鼻を鳴らす。

 そこへ「師父のおっしゃるとおりです!」と声高に言い、宋秀英の背後から林沐辰がいきおいよく進みでてきて、話にわってはいった。


「弟子ごときでは、足もとにもおよばない!」


 言いきった林沐辰は、姚春燕にむかってたずねる。


「もちろん、姚師淑が解決なさったんですよね?」


 林沐辰の問いかけに、姚春燕はたじろいだ。そして、苦笑いすると答えた。

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