第38話 選び難い選択肢

「よく考えろ! それでは困るんだ!」


「困る?」


 黙って弟子たちのやり取りを聞いていた姚春燕が、朱浩宇の言葉をくりかえして小首をかしげた。

 すると、朱浩宇は「そうです」と深くうなずき、今度は姚春燕にたずねる。


「この村にもどってくる前。掌門がなんとおっしゃっていたかを、師父はおぼえていますか?」


 弟子に質問され、姚春燕は「えっと」とつぶやき、記憶をたどりながら朱浩宇の質問に答えた。


「たしか、村の人の気がかりを取りのぞけ……みたいな話をしてた気がする」


 ――よかった。掌門の言葉をおぼえていてくれた。


 ほしかった答えを姚春燕の口から聞けて、朱浩宇は多少だが安堵する。そして「そうです。だから困るんです!」とつづけ、彼の考える困る理由を口にしようとした。


『今度こそ、村のみなさんの気がかりをしっかり取りのぞいてさしあげるのよ』


 村にくる前に掌門に言われた言葉を思いだしつつ、朱浩宇は主張する。


「村を破壊してでも妖怪を倒すなんて解決のしかたは、絶対に駄目なんです! 村人の住む家々を破壊してしまうなんて、気がかりどころか途方に暮れる人が続出ですよ!」


 朱浩宇は一気に言いきった。そして、彼は断言する。


「そうなれば、今度こそ師父は破門だッ!」


 一瞬、朱浩宇たちの間を沈黙が支配した。

 しかし、すぐに姚春燕と夏子墨は「うう」とか「ああ」とか、うめき声をあげだす。うなる彼らは朱浩宇に反論してこない。ただ、表情には苦悩が見てとれた。

 師匠と兄弟子の様子から、ふたりが状況をのみこんだと感じた朱浩宇は、さらにたたみかける。


「村に被害をださずに問題を解決するには、モモンガの化け物の弱みを利用するしかないんですッ!」


 悪びれもなく言いきり、朱浩宇はかかげ持つモモンガ団子に目をむける。そして、モモンガの化け物の弱みであろうと朱浩宇が考えるところを口にした。


「こいつらは、兄貴だの弟分だのと呼びあっている。たぶん義兄弟みたいに親しいんだ! おそらく、おたがいを簡単には見放さないにちがいない!」


 朱浩宇の発言を聞いたモモンガ団子が「なんと!」と、かん高い声をあげる。彼らは急にあせりだし、もがきながら抗議しはじめた。


「正々堂々と戦いで解決しない、だと? おまえには、仙道をあゆむ者としての心意気はないのか?」


 言いながら、次男モモンガが信じられないとでも言いたげに首をふった。つづいて、三男モモンガが「慈悲の心は?」とたずねる。最後に、四男モモンガが「義侠心は?」と叫んだ。


 モモンガ団子が口々に叫ぶのを聞き、罪悪感を感じだしたのだろう。姚春燕と夏子墨はしぶい表情で身じろぎする。

 しかし、朱浩宇は動じなかった。彼はモモンガ団子に叫びかえす。


「道理なんて、聞きたくないッ! いいや、聞こえないね! おまえらがさっき言ったとおり、わたしはまだまだ未熟な見習いの身だ! 仙道のあゆみ方はこれから学ぶッ!」


 自分で自分を未熟だと言いきった朱浩宇は、ふいに気もちが軽くなった気がした。そして、普段なら考えるのさえためらわれる最低な考えばかりが、朱浩宇の頭にうかぶ。


 ――そうさ! わたしは未熟者なんだ。まちがっても、あたりまえ! こうなったら、こいつらの弱みにとことん付けこんでやるッ!


 すると次男モモンガが、朱浩宇の考えを読んだのではと疑いたくなる野次をとばした。


「あげ足を取りやがって、最低だ! この偽君子!」


「偽君子でけっこう!」


 間髪入れず、モモンガ団子の悪口を朱浩宇は一笑にふした。とはいえ、悪口を言われっぱなしにするつもりもない。朱浩宇はモモンガ団子をつかむ手に再度、力をこめた。


「ぎゃあ! つぶれる! この悪党、おぼえてろよ!」


 苦しがりながら、モモンガ団子が恨みごとを叫ぶ。

 小動物が苦しがる様子を見ていられなくなったのだろう。夏子墨も「師弟、落ちついて」と、事態の鎮静化をはかろうとした。

 しかし、夏子墨の言葉は火に油だった。朱浩宇は「落ちつけだって? よく言うな」と応じると、兄弟子にむかってまくし立てた。


「わたしは冷静に考えて行動している。それとも、わたしが悪行をおこなっているとでも言いたいのか? だがな、おまえが嫌がっているその悪行をだれかが引きうけなければ、村人の暮らしが守れないんだ」


 夏子墨はかえす言葉がないらしく、困惑した表情を朱浩宇にむけるばかりだ。

 夏子墨の煮えきらない様子が、朱浩宇をさらに苛立たせ、彼はなおも言いつのった。


「悪行だの善行だのってやつは、見る人間の立場でかわるんだ。わたしは村人の暮らしを守ると決めた。師父と夏子墨も、自分の立場を明らかにすべきだ! 人質をとってでも村人の暮らしを守るのか? それとも人質をとらずに正々堂々と戦って村を破壊するのか? ふたりとも、好きなほうを選べッ!」


 言い終わるやいなや、朱浩宇はあらためてモモンガ団子をにぎる手に力をこめる。

 すると、モモンガ団子が力なく「きゅう」と鳴き声をあげた。


「やめろ! 弟分たちに危害をくわえるな!」


 朱浩宇のやり方にも、弟分たちの窮状にも我慢ならなかったのだろう。巨大モモンガがまた叫んだ。

 姚春燕と夏子墨は、どうすべきかまだ迷っているようだ。どちらも戸惑った表情をしていて、ふたりとも青ざめている。

 そして、全員に嫌な思いをさせている朱浩宇自身の気もちも案外、ほかの者たちとかわらなかった。実のところはモモンガ団子の弱りきった様子に、彼自身も心を痛めていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る