第39話 怪異さわぎの真実

 ――わたしだって……やらなくていいなら、こんな真似を好きこのんでしたりはしない!


 朱浩宇がにがにがしく思ったときだった。


「村を壊すのも、モモンガさんたちをいじめるのも、どっちも駄目だよ!」


 叫びながら、周燈実が走りよってきた。隠れているよう言って聞かせたのに、どうやら朱浩宇との約束を彼は守らなかったらしい。


「みんな、なかよくして!」


 周燈実は涙声で主張した。

 周燈実の言葉を聞いた夏子墨が、はっとした表情になる。そして、朱浩宇のほうをあらためて見ると「朱師弟」と呼びかけ、話しだした。


「村人の暮らしと、小さな生き物の命。どちらを選ぶべきかは、わたしには決められない」


 夏子墨がある意味でいさぎよく言う。そして、いつになく真面目な表情をすると、彼は「ただ」とつづけ、さらに言葉をかさねた。


「家を失くした村人が泣くのも、小動物をいたぶるのも、どちらも小さな子供の前でやるべきではない気がするよ」


 夏子墨は朱浩宇の目をしっかりと見すえ、きっぱりとした口調で言う。


 ――夏子墨のやつめ。子供を引きあいにだしてくるとは……


「ぐぬぬぬ」


 朱浩宇は久々に言葉につまる。屋根のうえにいる彼は、ちらりと周燈実を見おろした。そして、周燈実の目からぽろぽろと涙がこぼれるのを見る。


 ――このままつづけたら、燈燈に大泣きされるにちがいない。


 引くに引けないが、このまま脅しつづけるのもやりにくい。朱浩宇はどうしてよいか分からなくなってしまった。

 すると、ずっと黙っていた姚春燕が口をはさむ。


「朱浩宇。あなたの気もちはよく分かったわ。わたしの考えもたらなかったと謝る」


 姚春燕はいつになく弟子に対して下手にでた。彼女は「それに」とつづけ、提案の言葉を口にする。


「夏子墨の考えも分かる気がするの。こんなの、小さな子供に見せては駄目よ。今ならモモンガの精霊たちと話もできそうだし、ほかに道がないか話し合いをしてみない?」


 姚春燕が朱浩宇をなだめすかす。

 朱浩宇は姚春燕をじっと見た。しかし、見ているだけで異をとなえはしなかった。

 朱浩宇が反論しないため、モモンガ団子の運命を文字どおり手にしている弟子に自分の言いぶんが伝わったと、姚春燕は感じたらしい。彼女は安堵の息をつくと「そもそも、あなたたちは、どうして人を襲ったの?」と、モモンガ団子にたずねた。


「失礼な! 襲ってなどおらん!」


 姚春燕の疑問の言葉に、次男モモンガが声をあげる。


「われわれは探し物をしていて、その情報を得るために人間と話がしたかっただけだ」


 三男モモンガも主張した。

 四男モモンガは「そうだ、そうだ」と、兄モモンガたちに賛同する。

 すると、朱浩宇が「そんなの、うそだ!」と不満の声をあげ、モモンガ団子の言葉を信じられない理由を口にした。


「襲っただろ? 人の顔にくっついて! しかも、こんな夜ふけに!」


 動かぬ証拠だとでも言いたげに暗闇に目をやり、朱浩宇は言いはなつ。

 しかし、朱浩宇の主張に対する答えを、モモンガ団子は持っているらしい。とくに動揺する様子もなく次男モモンガが答えた。


「われわれは昼間に寝て、夜に活動するのだ! それに、高い場所が好きなのだ! 人間の体でいちばん高い場所は、顔だろう。そうであるなら、われわれが人間と話をするために飛びつくべき場所は顔だッ!」


 次男モモンガの話に、また「そうだ、そうだ」と、二匹の弟モモンガが同調し、つづける。


「だから夜ふけに人間の顔に飛びついては、探し物のありかをたずねてまわっているのだ」


 ――つっこみどころが多すぎる理由だなッ!


 モモンガの主張はさっぱり理解できなかった。しかしながら、モモンガ団子の理解しがたい言いぶんが、ある意味で理路整然としているのは、朱浩宇にもわかる。


 ――とはいえ、モモンガの言いぶんを受けいれるとしても……


「でも、怪我をした村人がいるじゃないか」


 朱浩宇は、怪我をしたと訴えた村人たちを思いだしながら言った。

 すると、すかさず「いいや、師弟」と言ってわりこみ、夏子墨が朱浩宇の主張を訂正する。


「あの人たちは、怖がって自分でころんだんだよ」


 夏子墨の言葉を聞いて、朱浩宇は思わず「ああ」と疲れた声をあげた。


 ――たしかに怖がって大騒ぎしなきゃ、あの怪我を負いもしなかったのか。


 朱浩宇は怪我人の件を追求するのをやめた。


 ――こうなってくると、モモンガたちといがみ合う意味って、あるんだろうか?


 朱浩宇は、はなはだ疑問に感じはじめる。姚春燕と夏子墨も同様らしく、判断に迷って戸惑っている様子だ。


「ちなみに探し物って、なんなの?」


 解決の糸口をもとめてだろう。姚春燕が、話の矛先をかえた。


「兄貴の宝物だ!」とモモンガ団子。


 朱浩宇は「宝?」と、たずねかえす。

 すると、黙ってなりゆきを見守っていた巨大モモンガが「そうだ!」と言って、話にわりこんだ。


「友人が贈ってくれた私のたいせつな宝だ! それをこの前の大雨と、つづく土砂くずれで紛失してしまったのだ」


 言って、巨大モモンガはくやしそうにする。


 ――大雨? それって……


 朱浩宇が巨大モモンガの話に引っかかりをおぼえたときだ。

 夏子墨も「大雨って」と、つぶやいた。

 そして、朱浩宇が兄弟子の言葉をつぐかたちで「幽霊さわぎの原因になった、あの大雨か?」と、つづける。

 言い終わった朱浩宇と夏子墨は、自然と顔を見あわせた。

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