第40話 気心の知れた友人

『ほかにも、なにか面倒をひき起こしているかもしれませんね』


 夏子墨と顔を見あわせるうち、彼が以前言った言葉を朱浩宇は思いだした。


 ――ほんとうに、縁起でもない事件がほかにも起きてたのか。病は口より入り禍は口より出ずとは、こういう出来事を言うのかもしれない。


 言った言葉が現実になったのだと感じ、朱浩宇はなんとも言えない気もちになる。

 口はわざわいのもとだと朱浩宇がしみじみ思っていると、巨大モモンガがさらに語った。


「宝の気配を追って六子山をくだってきたのだ。そうしたら、この村のはずれで気配が消えていた。この村の者がひろい、隠しもっているにちがいないのだ!」


 ――村人が盗んだとでも言いたいのか? それにしても、宝とはどんな物なんだ?


 巨大モモンガの話を聞くうち、朱浩宇のなかに疑問がうまれる。

 すると、姚春燕も朱浩宇と似た疑問を持ったらしい。彼女が巨大モモンガにたずねた。


「宝って、なんなの? 大きさや形は?」


 巨大モモンガは、出しおしみする様子もなく「とても小さな物だ」と、すぐに答える。


 ――やけにあっさり答えるんだな。まあ、もともと人にたずねたくてあらわれたって言ってたし。あたり前といえば、あたり前か。


 巨大モモンガの言動をしげしげと観察しながら、朱浩宇は考えをめぐらせた。

 朱浩宇が観察していると、巨大モモンガは「そうだな。たとえば」と言いながら、あたりを見まわす。そして、周燈実を前足でしめしながら言った。


「がきんちょ。おぬしが持っている物の大きさにちかい。それに……」


 言いよどんで、巨大モモンガは周燈実の手もとをまじまじと見た。つづけて「形もそれに似ている」と言った。


 ――おや?


 その場にいる全員が、周燈実の手もとに注目し、しばし黙りこんだ。


「がきんちょ。ちなみにだが、それはなんだ?」


 巨大モモンガが質問して、沈黙をやぶる。

 泣いたためだろう。周燈実は鼻をすすりながら「これ?」と口にし、自慢げに頭上に持ちあげると答えた。


「これはね、ぼくが見つけた物なんだよ! 名前はね……」


 手のなかにある物の呼び方を忘れたらしい。周燈実は屋根のうえの姚春燕を見あげると、大きな声でたずねた。


「なんて言うんだっけ? 師姐」


「肉形石よ」


 周燈実の質問に、姚春燕が答えた。

 すると、巨大モモンガが「もしかして」とつぶやき、さらに質問する。


「生肉みたいな見た目の瑪瑙か?」


「そう、そんなの!」


 周燈実が元気よくうなずく。

 夏子墨は「え?」と声をあげ、だれにとはなくたずねる。


「もしかして、これが探していた宝だって言うんですか?」


 ――本当に失せ物を探していたのか。


 すなおに失くした物の特徴を巨大モモンガが話していた時点で、真実であろうと朱浩宇も察していた。そこへきて、モモンガたちの探していた物まで見つかったのだ。もはや、モモンガたちが失せ物探しをしていたのは明白だった。


 モモンガ団子をつかむ朱浩宇の手が、ほんの少しゆるむ。


「この石をモモンガさんたちにかえしたら、けんかはやめてくれる?」


 言いながら、巨大モモンガにむかって周燈実が肉形石をさしだす。

 すると、巨大モモンガは大きくうなずき、きっぱりと答えた。


「知己からのたいせつな贈り物がもどってきて、弟分たちを自由にしてくれるなら、戦う必要はない」


「ちき?」


 おさない周燈実には未知の言葉だったらしい、彼は首をかしげる。


「気心の知れた友だちって意味よ」


 姚春燕がやさしく教えてやった。

 姚春燕と周燈実のやり取りを聞いて、記憶がよみがえったのだろうか。巨大モモンガは「そうだ」と言い、昔語りをはじめた。


「彼は人間だったが、六子山でともに修行した友だ。彼は、わたしより一足先に仙になった。そして山からの去りぎわ、その石を贈ってくれたのだ」


 なつかしんでいるのだろう。遠くを見やって巨大モモンガはかたる。


「六子山で修行して、仙になった人間?」


 巨大モモンガの話を黙って聞いていた姚春燕が、ぼそりとつぶやいた。そして、弟子たちのほうを見るとつづける。


「そんな人、ひとりしか思いつかないんだけど」


 ――それって……


 姚春燕、夏子墨、朱浩宇の師弟三人は「もしかして」と声をそろえて言い、おたがいに顔を見あわせた。


 ――青嵐派の開祖。おう泰然たいぜん


 おそらく顔を見あわせる全員が、おなじ答えに行き当たったときだ。夏子墨が「つまり」と口にし、代表して話しだす。


「そこのモモンガの大妖怪は開祖の友人で」


 言いながら、夏子墨は巨大モモンガに目をむける。そのあと、視線を朱浩宇の手もとに移動させると、彼は話をつづけた。


「この小さなモモンガたちは、開祖の友人の弟分なのでしょうか?」


 夏子墨が慎重に関係を整理する。


 ――なるほどね!


 朱浩宇は状況を理解した。そして、にぎっているモモンガ団子を見る。

 すると、モモンガ団子のほうも朱浩宇を見ていた。

 朱浩宇とモモンガ団子は、黙ったままおたがいに見つめあう。


 ――場合によっては、こいつらも青嵐派の重鎮だな。


 朱浩宇は、いっそう理解をふかめた。そして、モモンガ団子にへらりと笑ってみせると、冗談めかして言う。


「本気でにぎりつぶそうだなんて……そんなひどい拷問をする気、ないに決まってるだろ?」


「……」


 モモンガ団子は黙ったまま、うすら笑いをうかべる朱浩宇に疑わしげな視線をなげかけるのだった。


 おそらく朱浩宇の気のせいだ。しかし彼は、その場にいる全員から冷たい視線を浴びている気がしてならなかった。

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