第37話 村を守るということ
青ざめて恥ずかしがる師匠を目のあたりにした朱浩宇は、先日聞いたばかりの師匠のいましめの言葉を思いだす。
『妖魔や鬼怪の退治をおこなうなら、おぼえておきなさい。なにをおいても、まずは情報収集が大切なのよ』
――あんな話をしてたくせに、情報収集のまえに飲んだくれて……師父こそ、心にとめて反省すべきだッ!
「師父。あなたって人は……」
姚春燕に対し、朱浩宇が小言を言おうとしたときだ。
びゅおおと、今までになく大きな風きり音がして、朱浩宇と姚春燕は音のするほうへ目をむけた。
もちろんだが、音の正体は滑空する巨大モモンガだ。巨大モモンガは夏子墨に蹴りあげられたあと態勢をたてなおし、また襲ってきたのだ。
「戦う場所を考えている時間はくれそうにありませんね。わたしが行きます!」
巨大モモンガと本気で戦う気なのだろう。夏子墨の目がするどく細められ、ほのかに赤く光る。そして、跳躍するつもりらしい。彼はすばやく身がまえた。
「だ、駄目だ! おまえがあの化け物と戦ったら、この村は……」
夏子墨をとめようと、朱浩宇は彼に呼びかけた。しかし「
「さっきから聞いていれば、あれも駄目、これも駄目と……おまえは、駄目ばかりだな。駄目ならば、それにかわる案をだせ。それができないなら、未熟者は黙って見ているべきだ!」
ふてぶてしい態度で、次男モモンガが正論をかかげた。
すると、ほかの二匹も「そうだ、そうだ!」とか「二の兄者のいうとおり!」とか、はやし立てだす。
こんなときにまで、朱浩宇を批判し邪魔をするモモンガ団子を見るうち、彼は尋常でなく腹がたってきた。そして、普段以上の悪態が心にうかぶ。
――こいつら、くびり殺してやろうか?
かなり本気で、朱浩宇が殺意をいだいたときだった。
朱浩宇に突如、ひらめきがおとずれる。そして、今にも巨大モモンガに飛びかかろうとする夏子墨の前に、彼はおどりでた。
朱浩宇が急に飛びだしたせいで出鼻をくじかれたからだろう。夏子墨の瞳から赤い光がふっと消えた。彼は驚きまじりの声で「朱師弟?」と、弟弟子の背中に呼びかける。
しかし夏子墨の呼びかけに朱浩宇は応じない。彼は、めいいっぱい腕を突きだすと巨大モモンガにむかって叫んだ。叫ぶ朱浩宇が突きだし掲げる手には、モモンガ団子がにぎられている。
「襲ってみろ! おまえの弟分たちがどうなっても知らないからなッ!」
言いながら、朱浩宇はモモンガ団子を持つ手にぐっと力をこめた。
すると、モモンガ団子がたまらずに叫びだす。
「ぎゃあ! くるしい! 兄貴、たすけてッ!」
巨大モモンガの眼前で、モモンガ団子が悲鳴をあげた。
苦しむモモンガ団子を見て、巨大モモンガはもともと大きい目をさらに見ひらいた。そして、急に滑空する方向をかえると、朱浩宇たちの頭すれすれを飛びさる。飛びさってのち空中で大きく方向転換し、巨大モモンガはもともといた屋根のうえに着地した。屋根に降りたったと同時に、巨大モモンガが怒りの声をあげる。
「人質をとるだとッ! なんと徳のないおこないをする道士だ!」
「朱浩宇。あなたって子は……」
巨大モモンガだけでなく、朱浩宇の師匠である姚春燕もあきれ顔を彼にむけた。
もちろんだが、夏子墨もとまどった様子だ。彼は「朱師弟」と呼びかけ、やんわりと弟弟子にたいする苦言を口にする。
「これじゃあ、師弟のほうが悪者みたいだよ」
そっと眉をよせ、夏子墨が率直な感想をのべた。
敵味方の区別なく、その場にいる全員が朱浩宇の行動に多かれ少なかれ不満の声をあげる。
しかし、四面楚歌であると分かっても朱浩宇はめげなかった。彼は「うるさい!」と、ひと声あげて訴える。
「こうでもしないと、あのモモンガの化け物が飛ぶのをとめられないだろうが!」
朱浩宇は語気を強くした。そして「いいか。ふたりともよく聞けよ」と言い、さらに主張をつづけようとする。しかし、なにかを思いだした顔をすると、巨大モモンガを睨んで「おまえは動くな!」と、脅迫するのも忘れなかった。
「夏子墨!」
つづいて朱浩宇は、兄弟子に呼びかける。そして、巨大モモンガから夏子墨に視線をうつすと質問した。
「このモモンガの化け物とおまえが本気でやりあったら、ここら一帯はどうなる? おまえの口から言ってみろ!」
たずねられ、夏子墨は自然と周辺を見まわした。見まわすうち表情を曇らせた彼は「それは……」と言いよどんでしまう。
夏子墨が戸惑いをみせたところで、朱浩宇は「そうだ!」と声をあげ、持論を展開した。
「モモンガの化け物とおまえが全力で戦ったら、このあたり一帯は破壊されつくすはずだ!」
朱浩宇はきっぱりと言いきる。
すると、夏子墨は困惑した表情で「そうかもしれない」と、朱浩宇の言葉を肯定した。しかし「でも」とつづけると、朱浩宇に切りかえす。
「あのモモンガを放っておくわけにもいかないよ。わたしたちが力をあわせれば、大妖怪であろうと倒せるはずだ!」
夏子墨なりの義侠心からだろう言葉を、彼は言いつのった。
――わたしたちって……わたしも一緒にか? わたしはまだ死ぬ気はない! 神仙に匹敵する大妖怪と戦うなんて、ぜったいにお断りだッ!
朱浩宇は心のなかで、夏子墨の提案を全否定する。そして、論じるべきは義侠心などではないと思いだし、なおも主張をつづけた。
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