第34話 死にかけの魚
――だけど……馬鹿にされるのは、もっと嫌いだ!
モモンガ団子に焚きつけられつづけ、ついに朱浩宇の激しやすい面が優勢になる。
「わたしだって、法器をあやつれるさ!」
朱浩宇は大声で主張した。彼はすぐさま、モモンガ団子をつかんでいない片手で印をむすび、腰の剣に意識を集中する。
すると朱浩宇が印をむすんで、すぐだった。彼の腰の剣が光をおび、ひとりでに鞘から抜けでると、空中に浮かんだ。浮かんだ剣の剣先が、巨大モモンガのいる方向をむく。
「おお!」
ひとりでに動きだした剣を見て、モモンガ団子が歓声をあげた。
しかし、剣に集中している朱浩宇には、彼らの色めきたつ声は聞こえない。
――えっと、つぎは剣を前方へ進めるから……。
朱浩宇は、剣の動きを思いえがこうとした。しかし、はたと疑問がよぎる。
――いいや、ちがったかな?
「むむ」
モモンガ団子が眉をよせる。なぜなら、空中に浮かんでいる剣が道に迷ったがごとく揺れだしたからだ。
――もっと上昇させてから前進……かな? 教本には、なんと書いてあったっけ?
どう動かすべきか悩みだしてしまった朱浩宇は、教本の内容に思いをはせた。
「むむむ」
剣の揺れが大きくなり、モモンガ団子はますます眉をよせる。
剣が大きく揺れだした直後だった。
なんとか浮かんでいた剣は、からんと物悲しい音をさせて朱浩宇の足もとに落ちてしまう。
落ちてしまってはいるが、動こうとしているのだろう。ぴくり、ぴくりと剣が震えた。
しかも前進したいらしい。ずずずと音をさせ、体をひきずるがごとく剣は地面をゆっくりと移動する。
「駄目だったか」と次男モモンガ。
「あぁ」
「ううむ」
三男モモンガと四男モモンガも、落胆の声をあげた。
モモンガ団子の残念がる声は、さすがに朱浩宇の耳にもとどく。
――まだ立てなおせる! 集中をきらせては駄目だ。
あきらめきれない朱浩宇は、モモンガ団子の落胆の声を無視した。そして、もう一度剣に意識を集中する。
動きだそうと、ぴくり、ぴくりと剣がまた震えた。
そこへ、朱浩宇の耳にかすかな笑い声が聞こえてくる。
――ん?
あきらめず剣に集中していた朱浩宇だったが、モモンガ団子がくすくすと笑いだしたと気づく。しかも、彼らの笑い声はどんどんと大きくなっていった。
またまた、ぴくり、ぴくりと剣が震える。
すると、たまらないとばかりにモモンガ団子が笑いながら話しだした。
「あの剣。ぴくぴくと震えて、死にかけの魚みたいだな!」と次男モモンガ。
「ほんとうだ! 今にも死にそうだよ」と三男モモンガ。
「あははは!」
次男モモンガと三男モモンガの話を聞いて、四男モモンガが笑いころげる。そして、モモンガ団子は全員して大笑いしだした。
どんなに意識を集中しようと思っても、モモンガ団子の笑い声が気になって集中できない。剣をあやつれず、しかもモモンガ団子には笑われて、朱浩宇は腹立たしくてたまらなくなった。
――ええい! もうやめたッ!
朱浩宇はついに、あきらめてしまう。
からりんとうら悲しい音をたて、剣が動かなくなった。
「あららら。やめてしまうのか?」
くすくすと笑いながら、モモンガ団子が朱浩宇にたずねる。
朱浩宇は「うるさい!」と声を荒げ、自己弁護をはじめた。
「これは借りモノの法器なんだ。自分の剣ではないのだから、うまくあやつれなくて当然だ!」
負けおしみではあったが、朱浩宇の話は的はずれではなかった。
青嵐派の弟子はだれでも、最初は門派が所蔵する練習用の法器を借りて、法器のあやつり方を学ぶ。
たくさんの弟子に使われてきたせいだろう。練習用の法器は、どれもおかしな癖がついていて、使い勝手が悪いのだった。
ただ、霊力をながすと普通の剣よりは切れ味がいい。それを理由に、彼らはこの場に借りものの法器を持参していたのだ。
「え? じゃあ、あれは?」
言いながら、モモンガ団子は屋根のうえに目をむける。
モモンガ団子が目をむけたさきでは、巨大モモンガのまわりを剣が俊敏に舞っている。
しばらく屋根のうえの出来事を見たのち、モモンガ団子の視線がさがった。そして、モモンガ団子は夏子墨を見た。
朱浩宇は法器をあやつるために手で印をむすんでいた。しかし、夏子墨にはその必要はないらしい。彼は、のんびりと後ろ手をくんでたたずんでいる。ただ、屋根のうえを見あげながら、視線だけはせわしなく動かしていた。
モモンガ団子は最後に朱浩宇に目をむける。
モモンガたちの目は、なにか朱浩宇に言いたげだ。
――おまえらが、なにを言いたいかはわかる。わかるが……おかしいのは、わたしではないッ!
腹だたしく感じ、朱浩宇は怒鳴った。
「わたしが不出来なんじゃない! あいつが規格外なだけだ!」
夏子墨を音でもしかねない勢いで指さしながら、朱浩宇は感情的に主張した。そして、なけなしの自尊心を守るため「集中できる静かな環境なら、わたしだってうまくあやつれるッ!」と、強がりを言う。
すると、次男モモンガがあわれみの視線を朱浩宇によこして「小童よ」と朱浩宇に呼びかけ、神妙な様子で言った。
「戦いっていうのは、ふつうは騒がしいもんだ。静かなところでしか法器が使えないなんて、話にならんぞ。未熟者」
いつになくまじめに、次男モモンガが朱浩宇をさとす。のこりの二匹も、うんうんと深くうなずいた。
――たしかにッ!
「……」
かえす言葉が見つからず、朱浩宇は押し黙るしかない。
――だけど……
「もう数年修行すれば、わたしだって……」
あきらめきれない朱浩宇が、どうにかこうにか言いかえそうとしたときだった。
がきんと、なにかに金物がぶつかる大きな音がして、驚いた朱浩宇は言葉をのみこむ。そして、彼とモモンガ団子は、音のした方向を見た。
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