第五章 貌をもって人を取る
第21話 怪異がないと証明する方法
「たしか、村はずれに土地公の祠があったはずだ!」
怪異がおこらないと証明するいい方法を思いつき、朱浩宇は声をあげた。勢いにまかせ、彼は姚春燕に提案する。
「近隣で異変がおきていないかと、土地公にたずねてみては?」
夏子墨が「なるほど」と大きくうなずき、朱浩宇の提案を支持すべくつづける。
「土地公だったら、守護する地域の出来事に心をかけているはず。異変があるならば、一番に気づくにちがいないね」
――そのとおりだ。土地公が怪異はないと答えてくれれば、わたしたちの言いぶんの根拠にできるはずだ。
夏子墨から前向きな反応をもらえ、朱浩宇はうまいやり方を思いついたと感じた。彼は、自信満々に鼻息荒く胸をそらす。
ところで、朱浩宇たちの会話に登場する『土地公』とは、地域の守護神だ。たいていの場合、任されている地域が平和で安らかであるよう守護するべく努めている。この神としての性質上、土地公は守護する地域の情報通ともいえるのだ。
有頂天になった朱浩宇は、師匠である姚春燕の称賛の言葉を待つ。
しかし、朱浩宇の予想に反し、姚春燕は「えぇ」と非難がましい声をあげ、不満を口にした。
「いやよ。このあたりの土地公って、がめつい小役人みたいなヤツなんだもん」
言いながら姚春燕は、周燈実とつなぐ手を大きくふると、さらに言いつのる。
「たのみごとなんてしたら、ぜったいに見かえりをほしがるわよ!」
記憶のなかの土地公を思い起こしているのだろう。げんなりした姚春燕が「足もとを見られないよう気をつけなければ!」と警戒心をあらわにし、首をふった。
せっかくの妙案を否定された朱浩宇は、不満でいっぱいだ。彼は、むっとした顔になると質問する。
「神さまなのに、がめついんですか?」
「土地公もいろいろだから。ふたりだって知ってるでしょ?」
さも当然であると言いたげな様子で、姚春燕は弟子たちに同意をもとめる。
しかし、朱浩宇と夏子墨は無言で顔を見あわせ、おたがいの腹のうちをさぐりあった。
――知らないな。
自分も知らず、朱浩宇も知らないと感じたらしい。姚春燕の問いかけに、夏子墨が口をひらいた。
「土地公の役わりは、教本で学んだおぼえがあります。ですが、性格までは教本には書かれていなかったと思います」
すると、姚春燕は納得したらしく「あぁ」とうめく。そして、けだるげに説明しだした。
「土地公は、まかされている地域を守る。つまり、地域ごとに必要なわけ。だから、守る地域の数だけ土地公も必要。ここまでは理解できた?」
姚春燕に問われ、朱浩宇と夏子墨はうなずく。
――ようするに、土地公はひとりをさす名前ではなく、たくさんいる者に対する総称なんだな。
弟子たちのうなずきを肯定と理解した姚春燕は、さらに話をつづけた。
「地域ごとに神様を配置してたら、神様の数が足りないんでしょうね。だから、土地公は、その土地にゆかりのある人間から選ばれる場合が多いの。つまり、その地にゆかりのある幽霊ね」
――幽霊?
ひっかかりを感じた朱浩宇は、つい口をはさむ。
「幽霊を、神さまみたいに祀っているんですか?」
姚春燕は「そうなるわね」と、しれっとうなずく。しかし、朱浩宇の師匠である彼女は、弟子が疑問に感じる理由を知りたかったのだろう。つづけて「何かおかしい?」と彼にたずねた。
「わたしたちは妓女の幽霊を退治しました。でも、幽霊である土地公を祀ってもいる。同じ幽霊なのに、あつかいがずいぶん違うのだなと不思議に思っただけです」
弟子の答えを聞いた姚春燕は「なるほど」とつぶやくと、あらためて口をひらく。
「朱浩宇。あなたは幽霊を悪いものと考える気もちが強いのね」
とがめるでもなく、姚春燕は言った。そして「でも、考えてみて」とつづけると、さらに質問をかさねる。
「幽霊は、もともとは人間なの。朱浩宇は、人間はみんな善良だと思う?」
「いい人も、悪い人もいます」
朱浩宇は即答した。同時に、妓女の幽霊に対して夏子墨が言った言葉が、ふと頭をよぎる。
『わたしには、伴侶をもとめる心が悪いだなんて思えません』
――妓女の幽霊は村人に犠牲をだした。でも、はたしてあの幽霊は悪だったのだろうか?
朱浩宇は、自分の言葉の足らなさを感じた。彼は「それに」と言い、答えにつけ加えをした。
「善悪だけでは、人間をかたりきれない気がします」
弟子の答えを聞いた姚春燕は満足げに「そうね」とほほ笑むと、朱浩宇の言葉をつぐ。
「つまり人間と同じで幽霊ならば、すべて退治すべきものとは言いきれないの。祀るほど徳のある仕事をする幽霊もいるのよ」
師匠の言葉に、朱浩宇は深くうなずく。
しかし弟子が師匠の言葉に理解をしめしたのに、姚春燕は表情を曇らせた。そして彼女は「だからね。幽霊も、本当にいろいろなのよ」としみじみと言った。
――おや? 教えの方向性が変わった気が……
空気の変化を感じた朱浩宇は、思わず夏子墨に目をむける。
すると、夏子墨もとまどった表情をして、朱浩宇を見かえしてきた。
困惑する弟子たちを気にせず、姚春燕は話つづける。
「善悪だけじゃないの。性格だって、それぞれちがうわけ。でね、このあたりを守護している土地公は根っからの小人なの」
姚春燕は、きっぱりと言った。
「小人……」
小人とは、卑怯者など器量の小さい人をいう意味で使う言葉だ。
神さまにつかう言葉ではない気がして、朱浩宇はついつい復唱してしまった。
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