第22話 無意味な八つ当たり
――そういえば、がめつい小役人みたいな土地公だって、さっき聞いたな。
朱浩宇が記憶を呼びおこしていると、姚春燕はさらにつづける。
「悪とまでは言わないけど、損得で行動しがちな幽霊なのよね」
――それって……
「めちゃくちゃ人間っぽいですね」
朱浩宇は思ったままを口にした。
すると、なぜか夏子墨がくすくすと笑いだす。
理由はないが兄弟子に笑われている気がして、朱浩宇は夏子墨をじろりと見た。しかし、姚春燕が話しだしたので、朱浩宇は夏子墨をにらむにとどめる。
「とにかく、土地公にたずねるのは最終手段よ!」
姚春燕の考えを聞いた夏子墨が「そうであるなら」と応じ、しばらくぶりに話しだす。
「もう少しだけ、自分たちで見てまわりましょうか?」
――土地公にたずねたくないのなら、しかたない。
朱浩宇も反論しなかった。
話しあいを終え、四人は村のなかをもうひと回りしようと歩みを再開した。
またしばらく歩きまわるだけの時間がすぎる。
「静かだね」
このたび口をひらいたのは、夏子墨だった。
姚春燕と周燈実は遅れがちになっていて、夏子墨の言葉が聞こえたのは朱浩宇だけだ。
しかし、朱浩宇は返事をしない。
黙っている朱浩宇を不審に感じたのだろうか。夏子墨は、彼をじっと見つめた。そして、よくよく朱浩宇の動向に注意しながら「朱師弟、質問してもいいかな?」と、あらためて話しかける。
「なんだよ」
気が進まない様子の朱浩宇が、ぶっきらぼうな返事をする。
すると、夏子墨はゆっくりとほほ笑み「たぶん」と口にし、前言どおり質問した。
「わたしと伍師姐の関係を、まだ気にしているんだよね?」
「なッ!」
――なんで、わかったんだ?
夏子墨の質問は的を射ていた。ずばり問いただされた朱浩宇は、しどろもどろになって口ごもる。
実をいうと、伍花琳が夏子墨にばかり愛想よくしていたのを、朱浩宇はいまだに引きずっていたのだ。夏子墨と話をすると、彼をほめる伍花琳の様子を思いだす。そのため、朱浩宇は夏子墨を極力避けていたのだった。
ようするに、朱浩宇は夏子墨にやきもちを妬いていたのだ。
あたり前だが、妬いているなどと本人に言えるわけがない。かえすべき言葉が見つからない朱浩宇は、黙っているしかなかった。
すると、朱浩宇の行動から彼の気もちに察しがついたらしい。夏子墨が「さすがに気づくよ」と言い、朱浩宇が言葉にできずにいた疑問の答えを口にする。
「伍師姐に会ったあとから、師弟はわたしの言葉に返事をかえさなくなったからね」
――まさか、気づかれていたとは……
できるだけ自然に避けていたつもりだった朱浩宇は、気まずさが頂点にたっしてしまう。結果、ますます口をひらく気になれなくなった。
朱浩宇の気もちをまたも察したらしい。だまりこんで視線をそらす朱浩宇に、夏子墨は「安心して」と声をかけ、かけた言葉の根拠を口にする。
「わたしは、彼女に恋愛感情をもっていないから」
――口ではなんとでも言える!
夏子墨の言葉が信じきれず、朱浩宇は思わず「どうだか」とあざ笑った。
しかし、朱浩宇のつっけんどんな態度にも、夏子墨は不快感をしめさなかった。彼は「ほんとうだよ」とおだやかに言い、姚春燕に目をむけると発言の意図を落ちつきはらって口にする。
「女性とすごす時間があるなら、わたしは今よりも師父におつかえする時間を増やすよ」
くもりのない瞳を姚春燕にむけながら、夏子墨が言った。
――ぶれない過保護ぶりだなッ!
朱浩宇はあきれをとおりこし、ある意味で感心してしまった。しかし、感心するべき話ではないと気づき、忠告の声をあげる。
「これ以上、師父を甘やかすなッ!」
朱浩宇が釘を刺してすぐだった。話の方向がかわりはじめたと自分で気づいた彼は「それに」とつづけ、話題を伍花琳にもどす。
「おまえがなんとも思っていなくても、師姐は……」
言葉をつむぐうち、朱浩宇は自分の言いぶんに違和感をおぼえた。
――そうだ。夏子墨の気もちなんてどうでもいい。問題は……
考えをめぐらす朱浩宇の脳裏に、また夏子墨を好ましく見つめる伍花琳のすがたがよぎる。そして、気づきたくもない答えが頭にうかんだ。
――伍師姐が、夏子墨を好いてるんだ。こいつに怒りをぶつけても、なにも状況はかわらない。
夏子墨に抗議する意味もないと出し抜けに気づき、朱浩宇はいきおいをそがれた。どっと疲れを感じた彼は「どうして、おまえばかりが好かれるんだ?」と、思わず泣き言をもらしてしまう。
弱気を見せる朱浩宇をあわれに思ったのかもしれない。夏子墨が「朱師弟」と声をかけ、彼に言ってきかせた。
「師弟は情の深い人だ。伍師姐も師弟の良さに、きっと気づいてくれるよ」
――色男になぐさめてもらっても、まったく響かない。しかも……
兄弟子のやさしい言葉にも、朱浩宇の心は動かなかった。むしろ、夏子墨をおとしいれようとした先日の自分を思いだしてしまう。土地公ではないが、おのれの小人ぶりに気づかされ、彼は自嘲の笑みをうかべてたずねた。
「わたしの情が深いだって?」
――ありえない!
幽霊さわぎのとき、朱浩宇は夏子墨の足をひっぱろうとしたのだ。だから、朱浩宇は自分に情があるなんて、ちりほども思わないのだった。
「夏子墨。おまえ、お人よしがすぎるな」
言いながら、朱浩宇は自嘲の笑みをさらに深めた。
すると、夏子墨はめずらしく眉をよせ「朱師弟、わたしは……」と、口をひらきかける。しかし「朱のお兄ちゃん」と呼ぶ周燈実の声がして、夏子墨の話はさえぎられてしまった。
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