第15話 突然の来客

 やる気をみせる林沐辰に、宋秀英は笑みをみせ「わかっている。期待しているよ」と言って、弟子の肩に手をおいた。そして、林沐辰の肩においた手はそのままに、朱浩宇たちに話しかける。


「姚師妹が同行していたとはいえ、幽霊を退治できたなら上々だ。ふたりとも、すばらしい弟子だね」


 宋秀英はつづけて「呪術の勉強に、熱心に取りくんでいるのだね」と、朱浩宇をほめた。

 宋秀英が自分を認めてくれたと感じ、かりかりとしていた朱浩宇の気もちが自然と落ちつく。お世辞なのかもしれないが、門派の実力者にほめてもらえて、朱浩宇の気分は多少だが上向いた。


「また、幽霊退治の話を聞かせてくれ。ご苦労さま」


 ねぎらい言葉を姚春燕にかけると、宋秀英は弟子たちをうながして歩きだす。

 ほがらかに「ええ、ぜひ」と応じ、離れていく兄弟子を姚春燕は拱手きょうしゅの礼で見おくった。


 このように道中で小さな騒ぎもありながらも、朱浩宇たちは今度こそ、蔡凜風の自室へむかうのだった。


 ◆


 蔡凜風の部屋についた朱浩宇たちは、掌門の従者をつとめる門派の弟子にとりついでもらい、彼女の私室のなかにはいった。


 部屋にはいってまず目にとまったのは、書斎机にむかって書き物をしている蔡凜風のすがただ。門派の掌門である彼女は三十代そこそこに見える。組織の重鎮にしては、うつくしいうえに若いが、仙人をめざす道士の見た目はあてにならない。少なくとも見た目にそぐわない存在感をもつ人物だった。

 つづいて、書斎机の手前で座禅をくむ周燈実に気づく。彼は座禅こそしているが、もぞもぞと肩をゆらしていて、うまく瞑想に集中できていないようだった。


 ――まだ子供だからな。瞑想のできを掌門もとがめるつもりはないのだろう。瞑想の質より、座禅になれさせたいんだ。


 周燈実が瞑想をするわけを考えながら、朱浩宇は視線を蔡凜風にもどした。


 蔡凛風のうしろの壁には、掛物がかかっている。掛物にえがかれているのは、青嵐せいらん派が開祖とあがめるおう泰然たいぜんの姿絵だ。

 開祖の絵姿の前に鎮座する蔡凜風。この光景だけで、彼女が青嵐派の長であると言わずとも雄弁にかたっていた。

 朱浩宇は、蔡凛風から掛物に視線をむける。


 絵姿の王泰然は、長いひげの初老の男だ。がっしりとした体格の王泰然のそばには、枝ぶりのいい木が一本ある。枝のうえにはリスかネズミと思われる動物が一匹。その小さな一匹の動物を、道服すがたの王泰然が見あげている。


 なにげなく掛物を見ていた朱浩宇の耳に「おかえりなさい。守備は?」と問う蔡凛風の声がとどき、朱浩宇はあらためて蔡凛風に注目した。

 くぎりがついたのだろうか。今の蔡凛風は、書き物をする手をとめている。

 周燈実も瞑想のために閉じていた目をぱちりとあけ、うれしそうに朱浩宇たちを見た。

 蔡凜風の質問の言葉に、姚春燕は「はい。とどこおりなく解決しました」と、うやうやしく頭をさげて応じ、そのままの体勢で幽霊さわぎのいきさつを話した。すると、話の最後。頭をさげたままの彼女が、朱浩宇にちらりと目線をよこす。


「事件の原因と思われる石をもち帰りました」


 姚春燕の言葉を皮切りに、朱浩宇が蔡凛風の前にすばやく進みでる。そして、村からもち帰った肉形石をさしだしながら頭をさげた。

 肉形石についていた泥は、ほぼ落としてあり、魔封じの札を貼ってあるが小ぎれいな見た目だ。

 蔡凛風は肉形石をまじまじとながめた。


「石の処分は、いかがしましょう?」


 さげた頭をさらに低くし、朱浩宇がうかがいをたてる。


「人の命をうばう元凶になった石ですからね。しっかりと霊力を放出させたのちに、ちかくの街で換金し、めぐまれない人々へのほどこしにつかいなさい」


 ――かなり高価な石だと思うけど、掌門は欲のないことを言われるな。


 感心しながら「はい」と応じ、朱浩宇は姚春燕のうしろにもどった。

 幽霊さわぎの報告が終わり、姚春燕は「あのぉ……師父」と言って、おずおずと顔をあげる。


「事件も解決しましたし、わたしの破門は……」


 ――撤回されるよね?


 ゆっくりと顔をあげ、朱浩宇と夏子墨も蔡凛風を見た。

 蔡凛風はむずかしい顔をして目を閉じていた。しかし、ふうっと息をつくと表情をゆるめて話しだす。


「そうね。今後の生活態度をあらためるのなら……」


 蔡凛風が口をひらきかけたときだった。彼女の従者が「さい掌門しょうもん」と声をかけてきて、話が中断される。

 蔡凛風は「なに?」と、従者にたずねた。

 従者は蔡凛風の前にうやうやしく進みでると「お客さまです。近隣の村の住人が、掌門にお会いしたいと申しております」と彼女に伝えた。


 ――近隣の村?


 朱浩宇たち、師と弟子はいやな予感がして顔を見あわせる。

 悩みもせず「入ってもらいなさい」と蔡凛風が指示をだした。

 まもなく従者に案内されて、ひとりの男がやってくる。

 男の顔を見て、いやな予感は当たったのだと朱浩宇は認めるしかなかった。彼は、師匠と兄弟子の様子をうかがう。朱浩宇と似た予感があるのだろう。ふたりとも不安げな表情をしていた。


「仙人さま、おたすけください!」


 泣きべそをかきながら、聞きおぼえのあるセリフを男が叫ぶ。

 半泣きの男。彼は、数日前に酒楼で幽霊に出会った話をしていた男だった。

 半泣きの男が朱浩宇たちに気づく。そして、こわばった表情の姚春燕の着物の袖にすがりつくと、さらにわめいた。


「村にまだ、おかしなものがいるのです!」


 ――やっぱり!


 半泣きの男の言葉は、決定的だった。

 姚春燕、夏子墨と朱浩宇の三人は、こわごわと蔡凛風に目をむける。すると眉をつりあげ、まっ赤な顔をした蔡凜風の姿が目にはいった。掌門の形相があまりにおそろしく、三人は逃げだしたい気もちになった。弟子ふたりは、かろうじて我慢する。しかし、師匠のほうは耐えきれずに一歩あとずさった。


 ――破門を撤回してほしいなんて、言える雰囲気じゃないんですけどッ!

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