第14話 あこがれの姉弟子

「師弟はいつもけんか腰だから、女の子たちはちかづきにくいんじゃないかな?」


 助言をする夏子墨は、朱浩宇にあらためてほほ笑みかける。


「よ……」


 ――よけいなお世話だ!


 朱浩宇が、がなり立てかけたときだった。


よう師妹しめい。もどっていたのだね」


 ほがらかな男の声に気づいた姚春燕が、歩みをとめる。

 姚春燕が立ちどまったので、うしろに付きしたがっていた朱浩宇たちも足をとめた。そして、三人して声のするほうへむく。

 朱浩宇たちの視線のさきには、ひとりの男のすがたがあった。男のうしろには、彼に付きしたがう数人の少年少女のすがたもある。


そう師兄しけい


 姚春燕が、男に明るく呼びかけた。


 姚春燕に呼びかけてきた男は、そう秀英しゅうえい。姚春燕の兄弟子で、彼女と同じく弟子をもつ身。朱浩宇たちにとっては、師伯しはくにあたる人だ。


 宋秀英のうしろにひかえる彼の弟子たちに、朱浩宇はなにげなく目をむける。そして、彼らのなかにあこがれの少女のすがたを見つけ、彼は胸をはずませた。


 ――師姐ししゃ


 朱浩宇が見つけた少女は、花琳かりん。宋秀英の女弟子のひとりだ。二重まぶたのぱちりと大きな瞳の持ち主で、つややかで長い黒髪もうつくしい少女だ。背たけこそ人なみだが、色白でほっそりとした体つきをしている。彼女は青嵐派でも五本の指にはいる美人のひとりなのだった。


 ほほ笑みをうかべる伍花琳のかわいらしい顔を、朱浩宇はうっとりとながめる。

 すると伍花琳の手前で、宋秀英がほほ笑んで扇をふった。彼は、妹弟子である姚春燕に『おいで』と言いたいらしい。

 宋秀英に応えて、姚春燕が彼らのほうへむかって歩きだす。朱浩宇たちも師匠のあとにつづいた。歩きながらも終始、朱浩宇の目は伍花琳にくぎ付けだ。間の抜けた様子の朱浩宇に気づいた夏子墨は、小さく首をふりながらくすくすと笑った。


「村の幽霊さわぎは、解決したのかい?」


 宋秀英がやわらかい口調で、妹弟子にたずねる。

 姚春燕は「はい」とほほ笑んだ。そして、朱浩宇たちをちらりと見て返事をした。


「夏子墨と朱浩宇が、がんばってくれました」


 すると「まぁッ!」とかわいらしい声がして、伍花琳が夏子墨の前にすばやく進みでる。


「さすがは夏子墨ね! 小さな事件なんて、あっという間に解決してしまう!」


 手放しでほめながら、伍花琳は熱っぽく夏子墨を見つめた。

 伍花琳が夏子墨をちやほやするのを見た朱浩宇は、はらわたが煮えくりかえる思いだ。しかし、門派の実力者でもある宋秀英の目前で、けんかをするのは礼儀をわきまえない行動だとも考えた。よって、くやしく感じながらも朱浩宇は黙っているしかなかった。

 危うい雰囲気を感じたのだろう。夏子墨は、伍花琳と朱浩宇を交互に見る。そして、困り顔でほほ笑むと「わたしなんて、大したことはありません」と、伍花琳に言った。


「朱師弟が呪術の勉強をしっかりしてくれていて、たすかりました」


 夏子墨は、やんわりと伍花琳の言いぶんを訂正する。そして「わたしは呪術の勉強がたりなくて」と恥じた様子でほおをかいた。

 夏子墨の言葉にほほ笑みを深くし、伍花琳は「あなたはつつしみ深すぎるわ」と助言する。


 すると「はんッ!」と声がして、宋秀英の背後からひとりの少年が進みでてきた。朱浩宇たちの前に立った少年は、ずうずうしい態度で話しだす。


「伍師妹しめい。幽霊なんて、わたしならひとりで片づけてみせるぞ。なのに師匠に引率いんそつしてもらい、ふたりがかりで幽霊退治だなんて。夏子墨と朱浩宇は、青嵐せいらん派の弟子としてふがいない!」


 しゃしゃり出てきた少年は、りん沐辰ぼくしん。宋秀英の弟子のひとりで、朱浩宇と夏子墨にとっては兄弟子格だ。彼が伍花琳に思いをよせているのは有名な話で、伍花琳以外の多くの弟子たちが知っていた。もちろんだが朱浩宇も知っていて、彼は林沐辰を毛ぎらいしていた。


 ――林沐辰め。伍師姐の前で、いい格好をするつもりだな!


 わけ知り顔でケチをつける林沐辰を、朱浩宇は忌ま忌ましく感じた。そして、思わず林沐辰の目の前に飛びだすと「なんだって」と声をあげる。


「師兄たちこそ、六子山にあらわれた化け物を、退治できたんですか?」


 朱浩宇の丁寧ではあるが意地のわるい言葉に、林沐辰は一瞬たじろいだ。しかし、すぐに「ふん!」と鼻息をあらくして気をとりなおす。彼は、朱浩宇のほうへ乗りだすと主張した。


「わたしたちにおそれおののいて、化け物どもは逃げだしたんだ!」


 林沐辰の強気な言葉を聞いた朱浩宇は「なぁんだ」と、あざけり笑いをする。そして、言葉をかえした。


「退治できてないんですね? あなたたちこそ、無能なのでは?」


 ぎゃあぎゃあと、朱浩宇と林沐辰がけんかする。

 夏子墨と伍花琳は、あきれ顔で言い争いを見ていた。

 すると「ふたりとも、やめなさい」と、困惑した男の声がした。

 声の主が宋秀英だと、朱浩宇と林沐辰はすぐに気がつく。師匠たちの前で醜態しゅうたいをさらしたと知った彼らは、あわてて口げんかをやめた。

 口げんかがおさまり、静かになる。

 すると、姚春燕が「逃げられてしまったのですか?」と、ざっくばらんに兄弟子にたずねた。

 姚春燕にうなずいてみせると、宋秀英は「そうなんだ」と言って、話しだす。


「化け物は、空中をすばやく飛ぶらしい。しかも、複数いるようだ。追跡したのだが、弟子たちだけでは捕まえられなかったのだよ」


 宋秀英は実に淡々と話をした。

 師伯のごまかしのない話しぶりに感心し、朱浩宇はおのずと好感をいだく。

 すると、つとめて黙っていた林沐辰が、あらためて口をひらいた。


「やつらはきっと、川ぞいにくだって行ったのです! つぎにあらわれたら、かならず捕まえてやります!」


 林沐辰は鼻息荒く意気込んだ。

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