第13話 悪徳を減らす手伝いも仕事のうち

 ◆


 夏子墨の話の真偽を確認すべく、朱浩宇たち四人は再度、妓楼だった廃屋にもどる。

 日がのぼり、朝日がさしはじめたため、廃屋のなかの探索はたやすかった。

 四人は大した苦労もなく、失踪した男たちを見つけた。そして夏子墨の言ったとおりで、失踪者のうちの何人かは、衰弱してはいるが生きていた。

 姚春燕と夏子墨は、被害者の生死を確認しつつ、生きている者を介抱する。

 夜ふかしのせいで居眠りをはじめた周燈実を抱きかかえた朱浩宇は、介抱するふたりを見守った。


「よく気づいたわね」


 被害者の生存を一人一人確認しながら、姚春燕が言う。

 すると、ひとりの被害者に水を飲ませていた夏子墨が、口をひらいた。


「普通、幽霊は生きた人間の生気をほしがります。でも、幽霊たちは生気よりも、わたしに夫としての役まわりをもとめていました。だから、もしかしてと思ったんです」


『お嬢さんは、わたしをどうしたいんだい?』


 夏子墨の言葉を聞いた朱浩宇は、妓女の幽霊と親しげにしながら、彼が言った言葉を思いだした。


 ――幽霊たちをさぐるために、あえて女の相手をしていたんだ。


 夏子墨の行動の意図を知った朱浩宇は、なぜか焦燥感にさいなまれ、いらだつ。

 すると、無意識に体に力がはいったのだろう。朱浩宇の腕のなかの周燈実が、ぐずって身をよじった。

 ぐずる周燈実の背を、朱浩宇が軽くたたいてやっていると、夏子墨が「師父」と呼びかけ、また口をひらく。


「若くして亡くなった妓女たちは、伴侶をほしがっていました。でも……わたしには、伴侶をもとめる心が悪いだなんて思えません」


 被害者の介抱をする手をとめずに、夏子墨は言う。そして、視線は被害者にむけたまま、表情だけをゆがめると「川の氾濫さえおきなければ」と言い、話をつづけた。


「妓女たちの未練は時間がたつとともにうすれ、村人たちを傷つけもしなかったはずです。ありえた未来を思うと、いたたまれない」


 夏子墨は、吐きだすように口にすると、ついに手をとめて視線を床に落とす。


「未練を残すほどほしいと思ったものは手にはいらず、おこすつもりもなかった悪事に手をそめる。世のなかとは、ままならないですね」


 落ちこんだ声で話す夏子墨を、朱浩宇は感慨もなく冷めた目で見た。

 すると、被害者を介抱しながら姚春燕が「そうね」とあいづちをし、話しだす。


「世のなかは理不尽ばかりよね。でもね、今回は救える命があった。放っておいたら妓女たちが犯すはずだった悪徳も、少しは減らせたはずよ」


 ――幽霊は、退治すべきものなのに?


 耳をうたがい「妓女たちの悪徳を減らす?」と、朱浩宇は不満顔で繰り言を言った。

 夏子墨はなにも言わない。しかし朱浩宇とは反対に、彼は暗かった表情を明るくした。

 姚春燕はうなずいて、話をつづける。


「わたしたちは妖魔や鬼怪を退治して、世のなかの人々の命や暮らしを守るわ。でもね、同時に妖魔や鬼怪の悪徳を阻止して、彼らが来世でうける悪徳の報いを減らす手伝いもしているの。どちらも、わたしたち仙術の道を歩む者のたいせつな役割なのよ」


 いっきに話しきった姚春燕は、被害者にむけていた顔を弟子たちにむけた。朱浩宇たちを見る彼女の視線は、いつになくやさしい。


「世のなかから少しでも多くの不幸を減らす。微力かもしれないけれど、力をつくしましょう」


 姚春燕は、そう口にするのだった。


 ◆


 幽霊退治を終えた日の昼すぎ。

 妓女の幽霊さわぎを解決した朱浩宇たち四人は、青嵐せいらん派の拠点にたどり着いた。周燈実以外は徹夜になってしまい、それぞれの自室にさがると、みんな泥のように眠った。


 そして次の日。

 疲れが残っていて、体はまだおもい。しかし、事件のあらましをさい凜風りんぷうに報告する必要があった。

 やむを得ず、姚春燕、夏子墨そして朱浩宇の三人は、青嵐派の掌門しょうもんである蔡凜風の自室にとぼとぼとむかう。


 朝の清々しい空気のなか。きっちりと敷きつめてある石畳のうえを、師と弟子ふたりは歩いていく。


 ――やれやれ。事件も解決したし、師父は破門されずにすむはずだ。


 さきを歩く姚春燕の背中を見ながら、朱浩宇が安堵のため息をこぼしたときだった。彼の耳に「きゃあ」と控えめな歓声が聞こえてくる。声の主に見当がついた朱浩宇は、うんざりとしながらも歓声のしたほうへ目をむける。

 すると、数人の女弟子の集団が、うっとりと朱浩宇たちのほうを見ていた。

 ちなみに、女弟子たちがなにを見ているのかも、朱浩宇には察しがつく。しかし、念のため彼女たちの視線のさきに目をやった。目をやったさきには、彼の思ったとおりの人物がいて、歓声をあげる女弟子たちにやさしいほほ笑みをかえしている。

 女弟子たちから注目される人物である夏子墨は、ひとしきり彼女たちに愛想よく応じると、朱浩宇の冷たい視線に気づいた。そして、眉根をよせた朱浩宇の表情を見つつ「なにかな?」と、小首をかしげて彼にたずねる。


「女にきゃあきゃあ言われて、いいご身分だな!」


 朱浩宇は、いらだちを隠さずに返事をした。

 朱浩宇の様子に夏子墨は一瞬、呆けた表情をする。しかし、すぐに女弟子たちにむけていたのと同じ柔らかな表情をすると「いているの?」と、質問をかさねた。

 朱浩宇は「なッ!」と言葉にならない声をあげる。そして、興奮した様子で言いかえした。


「馬鹿なのか? なぜ、わたしがおまえにかなきゃならない?」


 顔色を赤くしたり、青くしたり。夏子墨の思いがけない切りかえしに、朱浩宇はたじろぐ。

 すると、あたふたする朱浩宇が不思議でならないらしい。夏子墨が、補足の言葉を口にした。


「わたしのほうが、女の子たちと仲よくしてるから。ねたんでいるのだろう?」


 夏子墨の言葉で、自分がとんでもない聞き間違いをしたと気づいた朱浩宇は、かえす言葉もない。今度は目を白黒させて黙りこむ。

 夏子墨はさらに言葉をつづけた。

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