第29話 大きな影
「おまえたちみたいに、ちびっこいモモンガなんだろう? ちっちゃいモモンガが一匹増えたところで、痛くもかゆくもない!」
モモンガ団子に余裕の笑みを見せながら、朱浩宇は言いはなつ。
朱浩宇の態度が気にくわなかったのだろう。けんか腰な態度を強め、モモンガ団子は声を荒げた。
「モモンガだと思って甘くみるなよッ! われらの兄貴は、とんでもなく強いんだ! おまえなんか、兄貴の敵ではないぞ!」
モモンガ団子の挑発に、朱浩宇は「どうだか!」と意地悪く笑ってかえす。
朱浩宇が笑ったのと、ほぼ同時だった。朱浩宇たちの頭上に大きな影がさし、あたりが暗くなる。
「え?」
――暗さが増した? 月に雲でもかかったかな? でも風はない。曇ったにしては、かげり方がすばやい気がする。
不思議に思った朱浩宇は、暗さの原因をつきとめようとふりかえる。
不審に感じたのは朱浩宇だけではなかったようで、ほかの面々もふりかえった。
振りかえった朱浩宇たちは、光源である月を見ようと見あげる。すると、見あげたさきの民家の屋根のうえに、まっ黒な大きな影が見えた。
――なんだ?
影の正体を知ろうとした朱浩宇は目を細めながら、たいまつをかかげる。
たいまつの明かりに照らされ、影のなかであやしくギラリと光るものが見える。
光るものをまじまじと見て、朱浩宇は気づく。
――これは目。しかも、とんでもなく大きな目だ。
光るものが目だと気づけた朱浩宇が、おのずと影の全体像をとらえた。
民家の屋根の上から朱浩宇たちに影を落としていたもの。それは、とんでもなく大きな獣だ。大人の男性よりも大きな獣が、朱浩宇たちを見おろしているのだった。
モモンガ団子も、屋根のうえの大きな獣に気づく。そして、その獣にむかって、彼らはあらんかぎりの大声で叫んだ。
「あにき―! たすけてー!」
朱浩宇につままれたモモンガ団子が大きな獣にむかい、みじかい足をばたつかせ、今まで以上にじたばたした。
――これが、モモンガたちの兄貴分?
あばれるモモンガ団子をつまんだままの朱浩宇は、大きな獣をぼう然と見つめる。そのうちに突然、その獣が民家の屋根をけり、暗い空中に飛びだした。風をきる低く唸る轟音が、大きな獣とともに近づいてくる。
異様な音を耳にした朱浩宇は、ハッとわれにかえった。そして、鳥など空を飛ぶ動物にありがちな羽ばたく音がしないとも気づく。
――滑空している? モモンガ団子が兄貴と呼んだこのばかでかい獣も、モモンガなのか?
朱浩宇は、モモンガの飛び方を思いだそうとする。しかし、彼が考えているうちに、大きな獣は朱浩宇にむかって突進してきていた。いやおうなしに距離がちかづき、彼はその獣のすがたをはっきりと視認する。
――大きすぎるけど、たしかにモモンガだ!
大きな獣が急接近してきて、朱浩宇はようやく兄貴とモモンガ団子が呼ぶ獣の正体に納得した。
しかし正体がわかっても、よろこぶ暇もない。巨大モモンガは、今にも朱浩宇にぶつかってきそうなのだ。
「うわぁッ!」
危険を感じ、悲鳴じみた声をあげた朱浩宇は、巨大モモンガにむかって思わずたいまつを投げつける。
朱浩宇が夢中で投げたたいまつは、ありがたくも滑空する巨大モモンガの目もとにぶつかった。
「!」
たいまつが目のちかくにあたり、ひるんだのだろう。多少だが、巨大モモンガのむかうさきがかわった。
おかげで目標がぶれたらしく、巨大モモンガは朱浩宇たちの誰にもぶつからず、かたわらをとおりすぎる。
――たすかった。でも……
つまんでいたモモンガ団子を、朱浩宇は軽く放り投げる。
「わあッ!」
モモンガ団子が、驚いて悲鳴をあげた。
悲鳴をあげるモモンガ団子を空中で再度手にとり、朱浩宇は軽くはあるがしっかりとモモンガ団子をつかんだ。そして、たいまつを投げてしまったせいであいた利き手をつかい、彼は周燈実をすぐさま抱きかかえた。
「わッ!」
今度は周燈実が驚いて声をあげる。
モモンガ団子を手にし、周燈実までかかえた朱浩宇が走りだした。
走る朱浩宇の目が一瞬、姚春燕と夏子墨のふたりとかち合う。しかし、三人とも口をききはしなかった。朱浩宇以外のふたりは、すぐに巨大モモンガに目をむけなおす。周燈実をかかえた朱浩宇は、ふたりの横を駆け抜けた。
「ぐええ! おまえ、手に力をいれすぎだ!」
普段の朱浩宇なら、文句を言うモモンガ団子に悪態をつく場面だろう。しかし、全速力で走る彼に、そんな余裕はなかった。
走りつづけ、朱浩宇は姚春燕たちからいくらか離れた。
ときどきモモンガ団子が文句を言う以外、聞こえるのは朱浩宇の走る音だけだ。
あたりが静かになったと感じた朱浩宇は、ようやく足をとめた。彼は息をきらせながら、まわりに目をくばる。そして、民家と民家の間にある暗がりへ、周燈実を無理やり押しこめた。
走っているうちに、持つ手に力がはいったのかもしれない。周燈実を押しこめるなか、モモンガ団子は少しぐったりした様子で黙りこんでいた。
「危なそうだから、ここに隠れてろ。出てきては駄目だぞ」
朱浩宇が周燈実に言いきかせる。
すると、周燈実が「でも」と不満をあらわして反論しかけた。
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