第28話 舞う影の正体

「モモンガ?」


 はたして朱浩宇のいうとおりで、彼がつまみあげたのは三匹のモモンガだった。


 布でぐるぐる巻きにされた小さなモモンガが、朱浩宇につままれた状態にもかかわらず、じたばたして逃げだそうとしているのだ。


「このモモンガたちが、怪異の正体だって言うんですか?」


 朱浩宇は疑問の言葉を口にしつつ、まじまじとモモンガたちを見る。

 まんまるなモモンガたちは、あきらめずに逃げようとしているのだろう。三匹が押しあいへしあいしていた。


 ――モモンガ団子と名づけよう。


 モモンガたちの様子を見た朱浩宇が、勝手に呼び名を決める。そして、モモンガ団子をつまみあげる手をぶらぶらとゆらした。

 ゆらされたモモンガ団子は「きゃあ!」と、口々にかん高い悲鳴をあげる。


「モモンガの精霊ね。人の言葉が話せるみたいだし、百年ほど修行しているかも」


 朱浩宇たちのあとにつづき、のんびりとやってきた姚春燕が言いながらモモンガ団子をつっつく。

 姚春燕の話を聞いて驚いた朱浩宇は「百年?」と声をあげた。驚きのあまり、彼は思わず師匠に疑問をぶつける。


「モモンガが修行するんですか? キツネやヘビみたいに?」


 長く生きるキツネやヘビの妖怪が人に悪さをする昔話なら、朱浩宇も子供のころによく聞いた。しかし、モモンガが人に悪さをするなんて昔話を、彼は聞いたおぼえがなかったのだ。


「そうなるわね。べつにめずらしくもないわ」


 弟子の疑問に答える姚春燕は、どこにでもある話だとでも言いたげだった。


 ――ふぅん。でも、こんな小さなモモンガでは、怪談話もしまらないよな。あるなら、笑い話だろうか。


 モモンガが登場する昔話を想像した朱浩宇は、ぷっと吹きだしてしまう。

 笑う朱浩宇を見たモモンガ団子の一匹が、腹をたてて悪態をついた。


小童こわっぱ、われらをあなどるなよ! 修行をすれば、モモンガの妖怪だって仙になれるのだぞ!」


 すると、ほかのモモンガたちも「そうだ! 二の兄者の言うとおりッ!」とか「われらは仙道の修行者なのだぞ!」とか、わめきだす。


 ――モモンガが、仙道の修行者だって? それでは、わたしと同じじゃないか……


 モモンガと目指す道がおなじと知った朱浩宇は、何ともいえない気もちになって黙りこんだ。

 そこへ、夏子墨がモモンガ団子の前に進みでた。朱浩宇とはちがって気にする様子もない彼は、モモンガ団子にたずねる。


「仙道の修行をするモモンガが、どうして人里へ?」


「われらだって、来たくて六子山をおりたわけではない!」


 憤慨したまま、モモンガ団子の一匹が夏子墨の質問に怒鳴りかえして答えた。


 ――六子山だって?


 モモンガ団子の話に、朱浩宇はひっかかりをおぼえる。


「六子山? あなたたち、六子山から来たの?」


 朱浩宇と似たひっかかりを、姚春燕もおぼえたのだろう。多少の驚きをふくんだ声で、彼女は質問を深めた。

 すると「そうだ!」と、モモンガ団子は三匹で声をそろえて返事をする。


「いつもは六子山で修行しているのだ」


 モモンガ団子の一匹がつけ加えた。


『化け物は、空中をすばやく飛ぶらしい』


『やつらはきっと、川ぞいにくだって行ったのです!』


 モモンガ団子の話を聞くうち、すこし前に宋秀英たちから聞いた話を朱浩宇は思いだす。


 ――もしかして……


「おまえたちが六子山の山すそにあらわれたっていう、化け物なのか?」


 思いついたままの言葉が朱浩宇の口をついた。

 朱浩宇の言葉を聞いた夏子墨が「そうか! ありえるね」と同意し、大きくうなずく。しかし「でも」と小首をかしげると、疑問を口にした。


「仙道の修行をしているモモンガが、どうして人を襲うんだい? 仙の道をこころざすなら、やるべきは人助けじゃないのかな? 悪人をこらしめるならまだしも、襲われた人たちはただの村人だ」


 ――それは、さっぱりわからない。


 夏子墨の疑問への答えを持ちあわせない朱浩宇は「さあ?」と首をひねる。

 すると、モモンガ団子の一匹がじたばたして声をあげた。


「うるさいヤツらだ! とにかく、われらを離せッ!」


 一匹が声をあげたのをかわきりに、ほかのモモンガたちも声をあげはじめる。


「二の兄者のいうとおりだ! さもないと、われらの兄貴分が黙ってないぞッ!」


「そうだ、そうだ! 三の兄者のいうとおりッ!」


 三匹のモモンガが同調し、それぞれにわめきたてる。

 そうやってモモンガ団子の悪態を聞くうち、朱浩宇はこの三匹の関係がすこしだがわかった気がした。


 ――たぶん。最初に話しだすのは『二の兄者』って呼ばれてるモモンガだ。こいつらは兄弟か義兄弟なんだろう。だとすると、『二の兄者』って呼ばれてるモモンガが次男なのか? そう考えると、つぎに話しだすのが『三の兄者』だから三男だな。最後の一匹は、ほかの二匹に同調するばかりだし、四男ってとこか? そして、モモンガたちがいう『兄貴分』っていうのは……


 むきになって怒るモモンガ団子を見ながら、朱浩宇は考えをめぐらせる。しかし、モモンガ団子たちが「あにきーッ! たすけてぇ!」と口々に叫びだしたので、彼の思考は中断をよぎなくされた。


「兄貴って……もしかして、ほかにもモモンガさんがいるの?」


 よろこびで表情をぱっと明るくした周燈実が、モモンガ団子にたずねる。

 モモンガ団子は「そうだ! 兄貴は、すごく強いんだぞ!」と、朱浩宇たちを威嚇した。


「ははん!」


 威嚇されたにも関わらず、朱浩宇はあざけって笑う。そして「どうせ」と口にし、彼はつづけた。

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