第27話 不合格の理由

「なぜ合格できなかったか、自分で理由が分かる?」


「顔の間近に強い風圧を感じて……すこし驚きました」


 頭をさげたままの朱浩宇が、姚春燕の質問におずおずと答える。


 瞑想めいそうの修行では、心を静め雑念をはらう。そのため、自分のまわりでおきる諸々に注意を払う行為も雑念をもったといえるのだ。


 朱浩宇の答えを聞いた姚春燕は「そうね」とうなずき、彼の答えにつけたす。


「風を感じたのは、心をからっぽにできていなかった証拠よね。考えごとでもしていたのかしら? まだまだ修行が必要みたいね」


 話した内容は手きびしい。しかし、姚春燕の口ぶりはやわらかかった。


 弟子の未熟な点を指摘し、教えみちびくのは師匠として許された行為だ。なかには見て盗めとばかりに助言をしない師匠もいる。それを思えば、姚春燕はやさしい部類の師匠といえた。

 もちろんだが、反発するのではなく師匠の助言をよく考え、生かすべきだと朱浩宇も理解しているだろう。姚春燕の助言に対して不満はないはずだ。しかし、くやしく感じる心はとめられなかったのかもしれない。


「……はい」


 今の朱浩宇には、それが精いっぱいだったのだろう。感情を押し殺した声でみじかい返事をすると、ようやく彼はさげた頭をより低くし、師匠に礼をつくす。

 落ちこんだ様子で頭をたれる弟子に、姚春燕はさらに声をかけた。


「朱浩宇。それほど気にしなくていいのよ。あなたの修行年数なら、悪くないできだから」


 姚春燕は、朱浩宇をはげます。


「……」


 師匠にはげまされても、朱浩宇は黙りこんでいた。しかし、すこしして顔だけあげると、彼は師匠を見つめて口をひらく。


「夏子墨は、完ぺきなのに?」


 恨めしげな目で姚春燕を見ながら、朱浩宇がたずねた。

 弟子の質問に、姚春燕は「むむむ」とうなる。

 朱浩宇が夏子墨に劣等感をいだいているのは、師匠である姚春燕も知るところだった。そして、夏子墨が桁はずれにできがいい現実も、彼女はもちろん理解している。そのため、はげまそうとしたのが裏目にでたと、姚春燕は気づいたのだ。

 かえす言葉が見つからない姚春燕はたじろいでしまった。


 朱浩宇と姚春燕の間に、気まずい空気が流れる。しかし、気まずい時間はすぐに終わりを告げた。

 周燈実の元気な声がして、空気はすぐに一変する。


「師姐! ぼくは?」


 朱浩宇と姚春燕の間にわってはいった周燈実が、元気いっぱいに彼女に質問したのだ。

 助かったと感じた姚春燕は一瞬、表情をゆるめる。そして、満面の笑みを周燈実にむけた。


「こわかったでしょ? でも、いい子で座っていたわね。えらかったわよ」


 言いながら、姚春燕は周燈実の頭をやさしくなでる。


 事実を言えば、姚春燕のつくりだした霧のなかで、周燈実は終始そわそわしていた。彼は最初こそ目を閉じていたが、途中からは目を開けて姉弟子の戦いぶりを見てさえいたのだった。しかし、周燈実は六歳の子供だ。大人しく座っていただけでも、称賛に値した。


 姉弟子にほめてもらい、周燈実は「うん」と表情をかがやかせる。

 朱浩宇も同じ意見らしく、姚春燕の周燈実に対する評価に口をはさまなかった。


 師匠の弟子たちへの瞑想めいそうの評価が終わったと判断したのだろう。夏子墨が姚春燕に「ところで、師父」と声をかけ、みじかく質問の言葉を口にする。


「師父の法器は、どこですか?」


 夏子墨がゆくえをたずねた法器とは、怪異との戦闘で仙人や道士がもちいる武器の総称だ。

 剣や弓など武器らしい法器が主流ではあるが、法器の形状はつかう者の個性によってさまざま。必ずしも、一般的な武器の形状をしているわけではない。


 姚春燕の法器もまた、一見しただけでは武器とは思えない見た目の法器のひとつで、まったく武器らしくない。彼女の法器は普段、領巾ひれと呼ばれる薄手の上着のかたちをとっているのだが、霊力を流すと形状を自由に変化させてあやつれるのだった。


 ちなみに、この法器の使い方として姚春燕が一番得意なのは、自由に形状をかえる特徴を生かした霧化の呪法だ。法器の霧がおよぶ一定範囲を支配圏とする技で、彼女は霧のなかで起こるすべての出来事を把握できる。

 そのため、法器による彼女の支配圏にとどまるとき。朱浩宇たち弟子は瞑想めいそうをして無心を心がけ、彼女の戦闘の邪魔にならないよう気をつけるのが常だった。


「あそこよ」


 夏子墨の問いかけに応じ、姚春燕は地面を指さす。

 姚春燕が指さしたさきは、三つの影がまとまって落ちた場所だった。


 ◆


 たいまつを持つ朱浩宇を先頭に、四人は姚春燕の指ししめす場所へと足をむける。先頭の朱浩宇は警戒し、ゆっくりとちかづく。すると、もぞもぞとうごめくものがぼんやりと視認できた。もっとよく見ようとした朱浩宇は、うごめくモものをたいまつで照らした。そして、あ然としてしまう。

 子供らしい好奇心から、いち早く見たかったのだろう。ぼう然とする朱浩宇の背後から、周燈実がひょいと顔をだした。そして彼は「わあ!」と歓声をあげ、目をかがやかせる。


「かわいい!」


 言いながら、興奮した様子の周燈実がぴょんぴょん跳ねた。


「ほんとうですね。だから、やわらかかったのか」


 朱浩宇の肩ごしに顔をだし、うごめくものを見た夏子墨がなっとく顔で周燈実に同調する。

 夏子墨が話す息づかいを間近で感じ、呆けていた朱浩宇はハッとわれにかえった。正気にもどった彼は居心地悪い思いがして「これ……」と言いながら一歩前に踏みだす。そして、照らしだされたものをつまみあげ、思ったままを口にした。

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