第5話 女の見た目を論じあう
◆
「お願いです! 幽霊をはらってください! そうでなければ、わたしはおそろしくて、畑仕事も満足にできないのです!」
女の幽霊に出会った話をしきった男は拝みたおす勢いで、姚春燕にたのんだ。
「お話を聞くかぎりでは、ちらりとしか姿を見ていないようですね。ほんとうに幽霊だったのですか?」
姚春燕に泣きつく男に、うたがいの目をむけながら朱浩宇がたずねた。
うたがわれたと察した男は、多少いらだって「見おぼえのない女でした」と朱浩宇に応じる。そして「それに」と、ためらってみせると、話をつづけた。
「あの派手な着物は、きっと……
女の幽霊を遊女であると、男は言いきる。
「妓女だったら、なぜ幽霊だと分かるのですか?」
今度は姚春燕がたずねた。
すると、言いきる根拠を持ちあわせていたようだ。しっかりとした口ぶりで、男は話しだす。
「このあたりには昔、金山がありましてね。その金山の鉱山労働者を相手に商売する、闇
話すうち主張に熱がおび「あんな、たおやかな美人。このあたりには、いやしません!」と、彼はまた言いきった。
すると「ハッ!」と、小バカにでもする声を朱浩宇があげた。
「たおやかな美人ですって? あれがですか? あんなの、乳くさい小娘じゃないか。顔は……それなりに、うつくしかった。だけど、髪のゆいあげ方や言葉づかいは子供じみていて、まったく話になりませんよ」
男がであった者が幽霊であるかは別にしても、朱浩宇は男が話す女のすがたに納得がいかなかった。なぜなら『お子さまは、お呼びじゃないの』と言った女の幽霊も、彼と変わらない年ごろに見えたからだ。
――私が子供なら、あの女だって子供だ!
子供と言われ、根にもっていた朱浩宇は、腕をくんで、首をふる。
すると男は「なにを言ってるんです? あなた、目が悪いのでは?」と、うたがいのまなざしを朱浩宇にむけた。そして、自分が見た女の幽霊の見た目をさらにかたって聞かせる。
「耳よりうえの髪を玉のクシで品よくまとめていて、若くはありますが女性らしい体つきのつややかな美人でした!」
男は身ぶり手ぶりをくわえ、主張をつづけた。
しかし、男が女の見た目をつぶさにかたるのを聞いても、朱浩宇は納得しなかった。
「たおやかなのか、つややかなのか。どっちなんです? まあ、どちらにしても、わたしの見解とはちがいますが」
朱浩宇は男の言いぶんのあげ足をとる。
否定的な態度ばかりとる朱浩宇が、自分を侮辱していると感じた男は「どちらもですよ!」と、声を荒げた。そして、いじのわるい笑みを朱浩宇にむけ、言いはなつ。
「あなたこそ、女性を見る目がないのでは?」
目の前のこの男にまで子供あつかいされたと感じた朱浩宇は「なんだと!」と、まっ赤な顔をして叫ぶ。
そのときだ。
「あぁ、たいへんだ!」
姚春燕が、いきおいよく立ちあがった。立ちあがった彼女は深刻な様子で眉をよせ、緊張した面持ちだ。顔色は朱浩宇と同じでまっ赤。しかし、まっ赤なのは怒りでではなく酒でだ。感情とは関係ない。
ただならぬ姚春燕の様子に、朱浩宇と男は口喧嘩をやめた。
「
酔って寝ぼけているのではと感じた朱浩宇は、姚春燕に呼びかけて様子をさぐる。
「夏子墨を追わなければッ!」
朱浩宇の呼びかけに応えるでもなく言うと、姚春燕は朱浩宇に周燈実を無理やりかかえさせた。
「あわてて、どうしたのですか?」
あっけにとられつつも、朱浩宇がたずねる。
「今の話で、分からなかったの?」と姚春燕。
朱浩宇は「まったく分かりません」と言いながら、首をふった。
さっきまで朱浩宇と言い争っていた男も朱浩宇に同意し、驚きつつもうなずく。
すると姚春燕は、酒楼の入り口に目をむけ、重々しい口調で言った。
「女の幽霊は、ふたり以上いるのかも」
姚春燕の言葉に、朱浩宇の怒気は吹きとぶ。そして、師匠の予想が当たっているなら、まずい状況だとも気づいた。
幽霊は、はらうのが簡単な部類の鬼怪だ。だから、まだ修行中の身である朱浩宇も、ひとりで退治しに出かける気になった。しかし、複数体を相手にするとなると、話はかわってくる。
「油断した。わたしの手落ちだわ」
姚春燕が、一語一語を噛みしめて言う。そして、朱浩宇のほうへ振りむくと「妖魔や鬼怪の退治をおこなうなら、おぼえておきなさい。なにをおいても、まずは情報収集が大切なのよ」と、自分自身にも言いきかせる様子でつづける。
朱浩宇は、姚春燕に神妙にうなずいてみせた。
朱浩宇にうなずきかえした姚春燕は、食卓のうえに飲食代をおくと、酒楼の入り口にむかって歩きだした。
姚春燕のあとに、周燈実をかかえた朱浩宇が付きしたがう。
「仙人さま! 小さな子供を、幽霊があらわれる場所へ連れて行くのですか?」
周燈実をゆびさしながら、男が姚春燕の背中に呼びかけた。
すると姚春燕は、顔だけ男のほうに振りむいて「問題ありません。この子も仙術を学ぶ弟子のはしくれですからね」と、うけあう。
「わたしの
周燈実を朱浩宇たちがつれ歩くのを掌門も認めている。その事実が、姚春燕の話を裏づけていると、朱浩宇は感じた。
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