第二章 人捕る亀は人に捕られる
第6話 荒れ地の朽ちはてた屋敷
朱浩宇の案内で、朱浩宇、姚春燕、周燈実の三人は、竹林のさきにある荒れ地に到着した。
たいまつを手にして、姚春燕は道のさきを照らす。すると、朽ちはてた
しかし、夏子墨のすがたはなかった。しかたなく門扉を抜け、屋敷のちかくまで行ってみたが、だれもいない。
屋敷の横手の地面には朱浩宇の話にあったとおり、朽ちた木片がいくつも刺さっていた。木片には文字が書かれている。ただ、なんと書いてあるのかは、ほとんど判読できない。かろうじて墓標なのだと理解できるだけだ。
「へんだわ」
朽ちた墓標を見つめながら、姚春燕がつぶやく。
朱浩宇は「なにが、へんなのですか?」とたずねながら、姚春燕にちかづいた。ちかづく彼は、腕に周燈実をかかえている。
弟子への教育のうちだと考えたのだろう。姚春燕は「気づかない?」と、朱浩宇に思考をうながした。うながしながらも彼女の視線は、墓標から離れない。
姚春燕の行動から、墓標に手がかりがあると察した朱浩宇は、彼女の見つめる墓標に目をこらした。
――朽ちている以外、なんの変哲もないただの墓標だ。
じっくりと観察してみたが、ほかの感想を見いだせない。しかたなく朱浩宇は「わかりません。この弟子にも分かるよう、ご教授いただけますか?」と、姚春燕にたのんだ。
すると、姚春燕はうなずき、話しだす。
「女の幽霊に出会ったと言っていた男は、あらわれるのは妓女の幽霊だと言っていたわ。あなたが見た幽霊も、彼の言うとおりだと思う?」
姚春燕にたずねられ、朱浩宇はあらためて思いだしてみる。
朱浩宇が出会った幽霊も、派手で肌の露出が多い着物を身につけていた。酒楼で会った男の言った『妓女の幽霊』がしっくりきていて、朱浩宇は疑問にすら感じなかった。
――女の年ごろには納得いかない。でも、おそらく生きていたころの女のなりわいは、あの男の言うとおりだろう。
考えをまとめた朱浩宇は「はい」と返事して、姚春燕に肯定の意をあらわす。
「村娘ではありません。かといって、良家の令嬢でもないと思います」
朱浩宇の答えを聞いて、姚春燕は「だとすると」とつづけ、あらためて墓標に目をやった。
「この墓標のなかに、あなたが出会った女の幽霊の墓標も、あるはずよね」
姚春燕が見解を口にすると、朱浩宇は「おそらく」と、うなずく。
すると、姚春燕が「では、たずねるけど」と切りだし、朱浩宇にまた質問した。
「妓女の幽霊は、なぜ今ごろになって、あらわれたのかしら?」
姚春燕の質問の意味が分からず、朱浩宇は「え?」と驚きをふくんだ声をあげてしまう。
「闇妓楼がなくなったのは、五十年ちかく前。長く放置された結果、闇妓楼のあった場所は荒れ地になった。だとすると、墓標も五十年ちかく前に立てたはず」
混乱している朱浩宇にはかまわず、姚春燕は「未練はずいぶん前からあったはず。でも幽霊があらわれはじめたのは、つい最近」と、話しつづけた。
「今ごろになって、なぜ五十年前に亡くなった妓女の幽霊があらわれるの? あまりにも遅すぎるでしょう」
言いながら、姚春燕は朱浩宇の目を見る。
姚春燕を見つめかえしながら、朱浩宇は「そうか」とつぶやくと、考えを口にした。
「多くの場合、未練は時間経過とともに風化するのに……妓女の幽霊の未練は、むしろ増しているんですね」
不自然な状況を弟子が理解したと感じた姚春燕は、満足してほほ笑む。そして、たいまつをかかげた彼女は、ぐるりとあたりを見まわした。庭を見、屋敷の裏手のほうにまである墓標を見、そして屋敷を見あげる。見あげた際に一瞬目を細めたが、すぐに普段どおりの様子にもどると、姚春燕はポツリと言った。
「近ごろ、異変の要因がおこったにちがいないわ」
言いきると、あらためて朱浩宇を見つめ「要因を見さだめるべきかもしれないわね」と、姚春燕は確信めいた口ぶりで言う。それから、ひと呼吸おくと姚春燕は「だけど、まずは夏子墨を探さないと」と、彼女にとって一番の目的を口にした。
――夏子墨のやつ。少し痛い目にでもあっていれば、日ごろの鬱憤も晴れるのに。
姚春燕の言葉を聞いた朱浩宇の脳裏に、思わず意地の悪い考えがよぎる。しかし、意地の悪さを隠して「そうですね」と、朱浩宇は短く無感情なあいづちをかえした。
「朱浩宇、あなたは廃屋のなかを探して。わたしと周師弟は、廃屋のまわりを探すわ」
朱浩宇の考えなど知らない姚春燕は、彼に指示をだすと周燈実に目をむけた。眠くなって目をこする周燈実のほおを、姚春燕はやさしくなでる。なでながら彼女は「師弟。暗いけれど、歩ける?」と、たずねた。
周燈実は「うん。大丈夫だよ、
周燈実が降りたがっていると気づいた朱浩宇は、ひざを曲げて彼を降ろしてやった。そして、彼は「なぜ、わたしだけが……廃屋のなかを探すんですか? 三人で探せばいいじゃないですか」と、立ちあがりながら姚春燕にたずねた。
すると姚春燕は、朱浩宇を見て、つぎに周燈実を見ると、少しうるさがる様子で口を開いた。
「とにかく、こうするべきなのよ。さあ、探しに行きましょう」
朱浩宇には、姚春燕の考えが分からなかった。しかし、悩んでも答えはでないとも感じ、しかたなく彼は師匠にしたがった。
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