第三章 石が流れて木の葉がしずむ

第11話 周燈実が見つけたもの

 姚春燕に付きしたがい、朱浩宇と夏子墨は廃屋のそとに出る。

 たいまつであたりを照らすと、霧がかかっていると気づいた。勝ち気な目の女に朱浩宇がであった、夕刻の状況に似ている。

 霧のなか、廃屋の横奥。ぞんざいにならぶ墓標のすき間を縫って進む。すると廃屋の横をすり抜けたさきに、広々とした場所があった。もともとは裏庭があったのかもしれない。しかし今となっては、塀であったはずのものはくずれ落ち、どこからが屋敷の敷地で、どこからが荒れ地なのか判然としない状態だ。

 がらんとした場所がひろがる。しかし、屋敷のちかくには、やはり古い墓標があった。いくつもある墓標のまわりには、数体の人影がある。見ると全員、若い女であるようだ。


 ――師父が見つけた幽霊だな。


 女たちをながめながら、朱浩宇はそう思った。


 幽霊たちの脇を通りすぎるとき。彼女たちのひたいにはりつく黄色い紙片が、朱浩宇の目にとまる。赤い文字でまじない言葉が書かれていて、黄色い紙片は呪符だとわかった。


 ――これが普通のやり方だ。夏子墨のやり方が、おかしいんだ。


 みずからの血を幽霊たちのひたいに塗り、夏子墨が彼女たちの動きをとめたのを、朱浩宇は思いだす。それと同時に、自分が夏子墨に救われた事実も思いだした。そして、いらぬ恥辱をあらためて感じた朱浩宇は、小さく舌打ちする。

 さらに進むと、いつのまにか墓標はなくなった。かわりに朱浩宇は何某なにがしかの気配を感じはじめる。感じた気配は、禍々まがまがしくはない。しかし、進むほどにどんどんと気配が強くなった。気配が強くなると同時にどぶくさい異臭も感じ、朱浩宇は着物の袖で鼻をおおった。


「これだよ!」


 朱浩宇たちの前を歩いていた周燈実が、指さしながら自慢げに言う。

 指ししめされたさきを見ると、がれきの山があった。ちかづくと異臭が強くなり、嫌なにおいの発生源もがれきの山だと知れる。


「幽霊を強くした原因は、ごみの山?」


 鼻をつまみながら、がれきの山を下から上へとながめ、朱浩宇が言った。彼は、がれきの山にたいまつをちかづけて照らす。

 すると闇のなかから、かわいた泥や水草、木の枝などが、すがたをあらわした。見るうちに、ごみの奥に岩肌が見える。がれきの山は実際、ごみのからみついた大岩だと分かった。


「こういうの……川べりでよく見かけますね」と朱浩宇。


「先日の大雨で川が氾濫し、橋も流された。氾濫した川の水が、ここまで来たのかも」


 夏子墨が朱浩宇の言葉をおぎなう。


「酒楼の客は、荒れ地のさきの畑が大雨の被害をうけたと言っていたわ。水が荒れ地におよんだと考えても、おかしくないはずよ」


 姚春燕がうけあう。

 大雨で荒れ地も水につかり、大岩にがれきが引っかかった。この見解に反論する者はいなかった。


 ――なるほど。どぶくさい異臭にも納得だ。だけど……


「がれきの山から、なにかの気配は感じます。ですが、幽霊を活性化させたのが、ごみだって言うんですか?」


 朱浩宇が不満を隠さずに言う。

 夏子墨も同感なのだろう。彼は黙ったまま、がれきの山を困り顔で見あげていた。

 すると、周燈実が口をとがらせ「ちがうよ。ここ! ここを見て!」と、がれきの山の一点を指さす。どうやら、周燈実はがれきの山の全体を指ししめしていたわけではないようだ。朱浩宇は、周燈実の指摘する場所をたいまつで照らす。すると、火の光を反射して輝くものが見えた。

 朱浩宇と夏子墨は目をこらす。そして、周燈実が指摘したものを視界にとらえると、ふたりして「え?」と、調子はずれな声をあげた。

 確かにそれが気配の根源だろうと、朱浩宇と夏子墨はともに納得する。しかし、ふたりの思いえがいていた気配の根源と、それはあまりにもかけ離れていた。


「これは、肉? 豚か羊だろうか?」


 だれに質問するわけでもなく、朱浩宇が疑問を口にする。

 その問いに夏子墨が「どうだろう?」とあいづちをし、自分の意見を言った。


「光の加減かもしれないけど、豚や羊より肉が赤黒い気がするよ。馬か牛では?」


 それの正体当てに今や、朱浩宇は夢中だ。返事をしたのが気にくわない夏子墨にもかかわらず、彼は「たしかに」と肯定の言葉を口にする。そして「馬にしては脂肪がつきすぎている気がするな。なら、牛か?」と、どんどんと肉の種類をしぼっていった。しかし、彼はふいに気づいて「なんの肉かの前に、なんで腐らないんだ?」と、疑問の言葉を口にする。

 すると、夏子墨も「そうだね」と、大きく目を見ひらいた。

 弟子ふたりのかけあいをほほ笑ましくながめていた姚春燕は、彼らの会話にようやくわってはいる。


「豚でも、羊でも、馬でも、ましてや牛でもないわ。なんなら、肉ですらない。あえて名前をつけるなら、肉形石にくがたせきと呼ぶのが、妥当かもしれないわね」


肉形石にくがたせき? 肉じゃなくて、石なんですか?」


 言って、あらためて朱浩宇はそれを見た。

 生肉の塊に見えたのは、たしかに石だった。手のひらにおさまる大きさの小さな石だ。石の白と赤のしま模様が、肉の塊の脂肪と赤身の比率によく似ているだけなのだ。しかも赤い色の部分は、透明度のあるガラス質で、血が今にもしたたりそうに見え、肉らしさをきわ立たせている。


「おそらく、瑪瑙めのうでしょうね」


 朱浩宇と夏子墨の背後で、姚春燕が指摘した。そして、弟子ふたりの顔のあいだに自分の顔をよせ「しかも、けずりや染色もしていない。人の手がくわわった様子はないわね」と言い、彼女は短く言葉をつけくわえる。


「かなりの珍品だわ」


「高価なものなのですか?」と、朱浩宇。


 朱浩宇の問いに、うなずいてみせた姚春燕は「ええ。状態が良ければ、王侯貴族も喉から手が出るほどほしがる縁起物よ」と、教えてくれた。

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