終の場
囲炉裏の炎が暖かく揺れ、周りに集まった者達の影を淡く壁に映し出す。子供、大人、老人、赤子の区別なく影はゆらゆらと揺れ、家の中は懐かしい騒がしさに満たされていた。
私は杯を手に取り、琥珀色の液体を口につけて目を閉じる。
さあ、何から話し始めようか?
あらゆる書物の集う書の邸、未来を映し出す古の鏡、民を愛した姫君の眠る硝子の森、迷い込んだ者の願いを見せる霧の峠、凍りついた命の結晶、何かを封じる為に降り続ける雨、心から零れた記憶の破片が結晶化した記憶砂、様々な想いが零れて輝く百奇夜光、死者と出会う月降祭。
どれもこれも私が旅し直に目にしたものばかり、忘れ難い思い出だ。
本当に何から話し始めたらよいのだろう。
迷い、目を開く。
子供達の一人と目があった。
懐かしいような、愛おしいような感情が胸の中に生まれる。
子供は笑う。そこには、近しい者の面影があった。旅立つ直前に言葉を交わした者の笑みととてもよく似ていた。
目の奥でちりちりと押さえ難いものが強くなる。それをなんと呼べばいいのか分からない。けれど、決して不快なものではなく、むしろ好ましいもの。
嗚呼……。
迷いがほどけていく。ほどけて何かが見えてくる。
言葉にしたいものは山程ある。伝えたい事も同様だ。だけど、私は旅を終え、ここに戻って来た。きっともう何処かへ旅立つ事はないのだろう。そう、時間は十分にある。
だから、伝えていこう。
私の旅の始まりから……、一つずつ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます