縁の神殿

 僅かに蒼みを帯びた水晶の板は、何も映さず何も透かさず、ただ冷たい光だけを反射していた。

 神滅戦の頃より存在すると言われるその神殿は、現在魔術師達の管理下に置かれている。これは極めて異例の事だ。そもそも神を祭り上げた建築物は須らく打ち壊され廃虚と化している。歴史的背景を鑑みるにこれは至極当然の事だ。

 そんな中でこの神殿だけは、そのままの形で残されているばかりか、制限付きとはいえほぼ自由に誰もが中を見学さえ出来る。そして、それを皆がごく普通に受け入れている。

 神殿の一室には姿見よりも幾分大きな、けれど薄い水晶板が安置されている。ほぼすべての場所に出入りできる中この部屋にだけは決して立ち入る事が出来ない。ただ、硝子越しに見つめるだけだ。

 それこそが理由なのだろう。透明でありながら、何も透かさず、『八節』の変わり目にのみ見知らぬ場所を映し出す水晶板こそが、この神殿が残されている原因なのだろうと私は思う。そう思わせる何かが水晶板には確かにあり、恐らくは皆がそう感じているはずだ。

 それを約束なのだと言う人がいた。いつか果たされる、遠い昔に交わされた誓いなのだと。だとするならば、それは一体誰と誰が交わした誓いなのだろうか。何を想い結んだ約束なのだろうか。

 私は、届かぬであろう問いを水晶板に投げかける……。

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