氷結湖

 大陸を横断する山脈を越え、北へ数日馬を走らせた先、そそり立つ大氷壁が望める場所にその湖がある。

 大氷壁が望めるとはいえ、永久凍土からは程遠く、常に身を刺し凍える風が吹き抜けているという訳でもない。寧ろ、強い陽射しが人々や木々を照らす時期の方が長いとさえ言える。にもかかわらず、湖面は一年を通し溶ける事無く凍り付いている。冷たく冷やかな透き通った氷が湖面を覆い尽くしている。

 大氷壁より地下を通り流れ込む伏流水の影響を受けての事とも言われるが、伝説の中では凍竜王と呼ばれる竜が湖の底でまどろんでいるからだと伝えられる。

 本来極寒の永久凍土に住まう凍竜の王が地殻変動によってこの湖にただ一竜取り残された時、選んだのはいつかまた世界が凍土に覆われるまで眠りに就く事だった。

 その力を持ってすれば湖周辺を永久に凍り付かせるのは無理としても、仲間達のいる場所まで氷点下の路を作り出す事は十分に可能だったという。それが何故湖に留まる事となったのか、伝説ははっきりとは語らない。多種多様な物語の断片を遺すだけだ。

 心優しき凍竜王は路を創る事で人を含む他の生物たちが傷つく事を望まなかったのだとも、一人の乙女が己が命をもって凍竜王の悲しみを慰めそれに応えたのだとも言う。或いは、地殻変動に巻き込まれ命を落とした同胞の亡骸の守竜になったのだと伝えるものもある。


 湖面は変わらず永い時によって形創られた厚く冷たい氷が重なり、真実など取るに足らない事だとでも言うように沈黙している。ただ、たゆたう冷気の中、氷上に立てば微かに足元から振動が伝わってくる。伏流水の作り出す流れによって生まれたものかもしれない、単に氷層が軋みを上げているだけなのかもしれない。それでも、再び仲間に会える事をまどろみの中で夢見ている凍竜王の存在を感じずにはいられないのだ。

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