時繰りの鏡
磨きぬかれた鏡の表面には、目まぐるしく変化を遂げる時の流れが映り込む。遥か昔に作られたその鏡は、畏怖と羨望と恐怖と希望、諸々の欲望を持って扱われ、値の付けようもないほど貴重で、けれど露程の価値もなく、深い洞窟の中に半ば封じられるかのように納められている。
意図的に明度を落とした岩の剥き出しになった部屋の壁に一見無造作に掛けられている金の縁取りが唯一の装飾である鏡がそれだ。脇に添えられた警告文以外警備も何もない。望めば間近で鏡を目にすることもできるが、決して正面より鏡を見てはならないと言い聞かされる事になる。言われたとおりに鏡に己の姿が映り込まない様に覗き込めば、鏡面の上で見知らぬ誰かの姿が踊る。今ではない時の中に生きていたとされる人々が瞬く間に流される。誕生と滅亡、成立と瓦解の歴史を繰り返し映し出す。その中に、忘れられない姿を見たような気がして思わず身を乗り出していた。
過去から現在へ時が早回しで動き、それまでの総てが掻き消えた。変わりに浮かび上がったのは私自身の姿だ。それが急激に年経て行く。昔の私から現在の私に、そしてそれさえ追い越して『先』を見せ付けていく。行き着く先は判りきっている。見るまでもない、誰にでも平等にそして突然に訪れる終着点だ。けれどそんなものを誰も直接目にしたいなどと願うはずもない。なのに視線を逸らす事ができない、どうしても……。
その時いきなりに手を引かれた。声も聞いたような気がする。岩が抜き出しの床に倒れこむ。呪縛は消えていた。慌てて立ち上がり元のようにただ静かに時の流れを反射している鏡を避けるようにして、救い主の姿を探す。当然のように部屋には私以外に誰の姿もない。けれど、何故か、私はあの人がいて、私を助けてくれたのだと強く感じていた。
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