伝説の英雄

 昔語りがある。

 それこそ出自も明らかでない、けれど誰もが一度は耳にした事のある旧い旧い昔語りだ。それは、まるで御伽噺のような、英雄と呼ばれた一人の男の物語り。

 幼子の願いを叶える為に湖を飲み干すほどの巨大な龍を打倒し、死に逝く者の希望を守る為に数万の兵の前にただ一人立つ。

 誰一人とて悲しませず、誰の笑顔も取りこぼさず、誰も絶望に沈ませず、救われぬ者にこそ救いの手を差し伸べた男。彼は、人はここまで強く為れるのだと、人はそこまで優しく為れるのだとその身をもって証明してみせた。


 けれど、それは何処までも何処までも厳しく果てなく険しい生き方。己よりも、他の誰かを優先し、己の理想に命を殉じさせる救われることのない道行き。誰が望んでそんな生き方を選ぶと言うのか。なのに男は、自ら望み、選び、強く生きた。後悔なく、見返りもない、そんな人生を全うした。

 だからこそ、男は伝説になった。

 その生き方は大陸全土に伝わり、けれど、男の想いは誰も知らない。

 ただ強く、ただ優しくあったと伝わるだけ。各地に残る男の逸話もその強さを、優しさを示すだけで後は何も語らない。


 今私が立つのもそんな場所だ。男が誰かの願いを受けて守り抜いたという小さな街の外れ。絶えることなく花が供えられ、男が確かに存在した事を今に伝える。

 そう、男がいなくなっても、誰もが憧れ、忘れることなく語り継ぐ限り、男の理想は死にはしない。

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