滄竜祭

 次々に酒樽が開けられ、器に注がれ振舞われている。空になった皿が積み上げられ、飲み干された酒杯が宙を舞う。楽団が奏でる音に合わせて、誰となしに手拍子を始め、あるいは家の中から楽器を持ち出し掻き鳴らす。音程も音階も関係なく、ただ楽しみ喜ぶ。歌声が混じり、何時しか子供も大人も、住人も旅人も皆が宴に興じていた。

 その宴のただなかにいるのは、今日無事に帰港した太陽と潮風によって赤銅色に焼けた数十人の若者達だ。


 海の民の間で行われるその儀式は、その年に成人する少年達が海に船を出す所から始まる。大人達の手を借りず自分達の力だけで、滄竜を狩る。ただそれだけのものだが、時に二節、三節に亘る航海となることも珍しくない。それでも彼らは諦める事なく、成人の証を立てる為に死力を尽くす。


 彼らが目的とする滄竜は、肉は食用に、鱗は装飾品や刃物に、皮は鞣され外套などに使われ、骨は建材やあるいは砕かれ焼き物の釉薬に混ぜられ、血液は染料に利用される。まさに廃棄する部分の無い資源の塊だ。しかし、普段は海底深くに生息し、また凶暴な性格を有する為にただの一竜を狩るのさえ困難を伴う。故に神格化され、成人の、通過儀礼の象徴となったのだという。


 滄竜を仕留めた一団が帰港すると、街は熱気と活気に包まれる。広場という広場に机が並べられ、料理の皿が配られる。楽団が陽気な曲を奏で、女達は着飾り、料理人はその腕を存分に振るう。誇らしげに船を下りる若者達に、老人はかつての己の姿を重ね、未だ成人しない幼い者達は未来の自分を重ね合わせながら、迎え喜ぶ。


 若者達を讃える長老の一言で宴が始まり、海の民が暮らす海上都市全てが歓びの坩堝となり、その日不夜城と化す。

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