朧水
砂漠に幾つも存在する湧水緑地同士を繋ぐ航路で足を止める。傍らの水待樹に砂馬の手綱を括り付け、私は砂の上に立った。照り付ける陽光は容赦なく外套越しに体を焼き、汗はひっきりなしに流れる。それでも太陽の下、目を閉じて待つ。
耳を澄ませば、風の音以外に遠くより地を響かせる轟音が聞こえる。大地を震わせ何かが近づいてきている。
砂馬が嘶いた。砂の震えが激しくなる。心なしか気温が下がり、周囲が騒がしくなる。隠れ眠っていた生物達が目覚め始めていた。
揺らめく、陽炎のような水の波が押し寄せ、飲み込まれる。
勢いのある見た目に反し、緩やかに水は髪を撫ぜていく。息は苦しくない、どころか、水は確かにありながら体を濡らしていない。
いつの頃か、一人の旅人が力尽きようとしていた。食料も水も尽き、あとはただ死を待つのみとなったその時、男が願ったのは己の事ではなく、他の旅人の事だった。もう誰も自分と同じ目に合わぬ様にと願ったその想いは誰に届いたのか、幻のような水の流れが砂漠に生まれた。
水は訪れた時と同じに流れ去り、しかし、その痕跡はあちこちに残った。大気は湿り気を帯び、そこかしこで、袋根木、石割草といった砂漠特有の植物が芽吹いている。私の髪を僅かに濡れ、それ以上に何かが心に残っていた。
それは名も残っていない旅人の優しさだったのだろうか。
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