導きの星

『急いで帆をたため』

 船長が嵐の暴風にかき消されぬ様声を張り上げ船員達に指示を飛ばしている。私はと言えば、帆柱に体を括り付け、波に攫われ海に投げ出されぬように必死でしがみ付いていた。

 黒く染まり悪意を隠す事無く剥き出しにした波が幾度となく甲板を洗い、何もかも押し流しあわよくば船そのものを己の内、昏い海底へと引きずり込もうと荒れ狂う。正しく激流に弄ばれる木の葉の如く、宙に放り出されたかと思えば次の瞬間には水の谷間深くに潜り込まされている。

 生きた心地がしない時間が続き、緊張が頂点に達した頃、主帆柱が音を立てて折れた。風に攫われ闇に消えていく帆柱に己の先を重ね、もう駄目かと諦めが頭をもたげ始めていた。

 なのに、船員達は諦めない、諦めていない。襲い来る風と波に抗い互いに声を掛け合いながら何とかしようと動き足掻く。

 それは『星』が見えているからに違いない。


 それは……。

 どれほど巨大で凶悪な嵐の中、厚い雲や吹き荒れる風雨に遮られる事なく天に輝く一つ星。絶望を物ともせず抗い続けた時、その耀きは一筋の光となって船を陸へと導くと言う。

 それは験を担ぐ船乗り達が強く信じる『ただ』の昔からの、言い伝え。


 だけれども。

『帆を上げろ!舵を取れ!』

 船長の声には力が満ち、風を切裂き波を押しのけ全員の耳に届いた。応える声もまた、暴風の唸りを打ち消すほどに轟く。

 皆の眼差しは同じ方向にあり、船は緩やかに進み出す。荒れ狂う海の中、星の煌きの上を。

 私も彼らに習い、前を向く。顔を上げ、胸を張りただ前だけを見据える。そうするだけの理由があった。


 暗闇の中、嵐を貫き光耀く星が確かにあるのだから。

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